■ 宗教上の理由
ママから三連休をもらった。
最近仕事に根を詰めすぎていたからか、ママに心配させてしまったらしい。平気なのに。けれどせっかくもらった三連休は有意義に過ごしたいと、一日目のお昼はお客様からよく聞くフレンチのお店へ行った。何故か坂田さんと二人の少年少女がいて目を丸くして、こちらに気付いた坂田さんの好意を躱す。
二日目は話題の映画『主の名は』を観に行った。ポップコーンでも買おうかと売店に行けば、何故か坂田さんと少年がレジを担当していた。女の子は堂々とポップコーンを摘み食いしている。それ商品じゃないの。え、違うの?
三日目は流石に嫌な予感しかしなかったので家でゆっくり寛ごうと決めた。撮り溜めていたドラマを見ていればインターホンが鳴り、通販の配達でも来たのかとドアを開け後悔した。「この人に見覚えありませんか?」と最近よく見る男の子が顔写真を載せたプリントを見せる。急ぎ知らない旨を告げ早々にドアを閉めようとして、黒いブーツの先が扉に割り込んできて小さく舌打ち。
「探し人を捜索してたら、俺の探し人が見つかったよ。ぱっつぁん、神楽と仕事続けてて。俺ちょっとコイツに用があるから」
「何言ってんですか、仕事してくだ……あ、銀さんの好きな人」
「仕事中なら仕事しなさいよ馬鹿。君も早くこの人連れて行ってくれる?」
思わず素で罵ってしまったけれど問題ないだろう。眼鏡の男の子は目を丸くして、ドアの開閉の攻防を見ていた。ちょっとホントにドアがぶっ壊れる。器物破損でしょ、ちょっ、何やってんのよこの天パ。ミシミシいってる!
「なまえちゃんったら三日も店にいねぇんだもん。別の店に移ったと思って寂しかったんだぜ俺ァ」
「そんな訳ないでしょ。休暇よ。というかこの三日間アナタの顔を見ない日はなかったでしょ。ストーキングでもされてるのかと思ったわ」
「どこぞのゴリラと一緒にすんなって。仕事だ仕事。まー、仕事中になまえの顔が見れんだから中々イイ仕事だったけどなぁ。つーかなまえ、お前今確認せずにドア開けたろ。これで強盗だったりしたらどうすんだよ喰われちまうぞ」
「気安く名前を呼ばないで。何のためのオートロック式のマンションだと思ってるの。というかアナタ達どうやって…ああ、仕事ね」
「物分りのいいこって。あー、そろそろ手ェ離さねぇと怪我すんぞ」
何故チェーンロックをしておかなかったのかと心底恨む。内心舌打ちして赤くなっていた指先から力を抜けば、それに合わせて坂田さんも力を抜いて自然とドアを開く。眼鏡の男の子が少し焦ったように「銀さん」と呼びかけるが坂田さんは無視。家には入らせないように腕を組んで坂田さんを見上げれば、ニタァと下卑た笑みが目に映る。会って間もない関係だけれど、至極似合った表情だと思った。
「用件はその男の行方でしょう?知らないとその子に言ったんだけど」
「客で来たなら覚えてんじゃねぇの?」
「ウチのお店に来て、私がお相手したお客様なら覚えてるけど。この町に男が何人いると……ああもういいわ。ねぇ、ちょっとそれもう一度見せてくれる?」
「あ、はい!」
坂田さんの背後で顔をキョロキョロとしていた男の子に手を差し出してプリントを受け取る。貴方も大変ねと受け取る際に目配せすれば、頬を赤に染めて小さく笑う男の子。あら、可愛い。少し意地悪してやろうかと笑みを浮かべれば、真っ白な着流しが視界を覆う。ため息をついて見上げれば不機嫌そうな顔。
無視してプリントを眺め、三秒ほど見て五日前に来店したお客様だと思い当たった。確か話の最中に最近はこの町のキャバクラだのクラブだのに通ってると言っていた気がする。それを告げれば男の子は「ようやく手掛かりがっ」と拳を作って喜び、坂田さんは腰を折り顔を私の前へと近づける。
「んじゃまあ、なまえ。散歩と洒落こまねぇか?」
「素敵なお誘いだけど今日は最後の休日なの。明日からまたお店に来てお話してくださる?」
ニッコリと笑いながら坂田さんの顎を一撫でして、目を細めて気を抜いたその隙を逃さずドアを閉めた。チェーンロックも忘れずに。暫くドアが煩かったけど諦めたのか何なのか静かになって息をつく。明日のお店は荒れるかもしれないと額を抑えた。
そうして翌日、出勤してお店を開いた早々にやってきた銀色に素早く待機ルームへと引き返す。
「ちょ、なまえちゃん!?顔見てどっか行くとか失礼過ぎじゃねぇの!?」
「ごめんなさい。宗教上の理由でアナタと同じ空間にいれないの」
「オイコラ無神論者。競歩で出ていくな!耳を塞ぐな!というか俺なんでこんな女好きになったんだ!?」
「惚れたもん負けってことさね、銀さん」
「違ぇねぇな!」
ケラケラ笑って煙管を蒸すママの答えに坂田さんも笑う。いつの間にそんなに仲が良くなったのか知らないが、ママはこちら側だと信じていたのに。
「ママったら見る目ないわよ」
「男の良さを見つけるのがイイ女の秘訣さ。逃げてばっかじゃ見えるもんも見えないよなまえ。銀さん手荒なことしてみな。ウチの若い子が黙っちゃいないよ」
「へっ!男にモテると思ったら女にもモテんのかよ。敵が多すぎていけねぇなこりゃ」
だからと言って諦めるつもりは無いと、その赤い目に射抜かれてため息をこぼす。酔っ払って介抱されて惚れるだなんて、ならこの男はどれだけの女に惚れるんだか。呆れて待機ルームに身を隠す。
「最近は鬼にも人気があるからね」
「鬼だァ?」
「おや、知らないかい?真選組の鬼の副長様だよ。お陰で店も潤っててねぇ」
鬼の副長と坂田さんが水と油の関係だと知ったのは、その後の坂田さんの荒れようで分かったことだった。予想は見事的中したらしい。
2016/11/10