■ 五男である僕の話

なまえ姉さんが仕事に行く時間はとても早い。父さんと母さんが朝ご飯を食べてる時に一緒に食べているのを見たことがある。兄さん達やトド松はその時間帯は基本的に寝ているからあまり知らないけど、僕は時たま早朝ランニングに行くから知っているんだ。


「なまえ姉さん、今から出勤?」

「そうだけど、何でそんなに小声?」

「僕の声はおっきいから兄さんやトド松起こしちゃう」

「あ、はは。そっかそっか」


スーツを着て靴を履いている姉さんに足音を立てないように走って僕も靴を履く。できるだけ小声で姉さんに声を掛ければ、姉さんは笑いながら僕の頭を撫でてくれた。役得でっせ!


「十四松はランニング?」

「そうっす!でもなまえ姉さんを送ってから走るよ!」

「え、送ってくれるの?」

「うん。嫌だった?」

「まさか。ありがとう」


嬉しそうに笑うなまえ姉さんに僕も笑う。二人で見送りに来てくれた母さんに「行ってきます」を告げて外へと出た。まだ朝が早いからか、太陽は少しだけしか見えない。
大きく息を吸い込めば、ひんやりとした空気が肺を満たして気分は最高。朝は嫌いじゃない。隣になまえ姉さんがいるから今は大好きだ!


「楽しそうだねぇ」

「うん!なまえ姉さんと長くいれるからね!」

「あー、そっか。休みの時でもない限りあんまり顔合わせてないからねぇ」


苦笑するなまえ姉さんに慌てて、意味もなく腕を降る。そんな顔をさせるつもりじゃなかったんだ。いつもの兄さんやトド松よりもずーっと長く姉さんといれるって言う、自分の中での自慢というか。どうだー!っていう優越感というか。


「夜は姉さんといっぱい話してるよ!」

「うん。十四松が話してくれる野球の話とか、今日一日の話は面白いから好きだよ」

「僕も姉さん好き!」

「ありがとう。よーしよしよし、いい子いい子」


まだ人通りも少ない道を歩きながら頭を撫でられる。照れくさくて自然と口から笑みが漏れてしまって、どうしようもない。ふと見たなまえ姉さんも笑ってくれたから良しとする。姉さんの笑った顔は僕ら六つ子は大好きなのだ。とってもとっても特別なんだ。


「今日は何時に帰ってくるの?」

「定時で上がれたらいいんだけどねぇ、仕事が残っちゃったらいつもより遅い、かも」

「うはー、大変でんなー」

「そやでー、大変なんやでー。帰ったら十四松はん癒してなー」

「うあー!任せてやー!」


なまえ姉さんもノッてくれた事に耐えきれず口元を抑えて笑う。姉さんといる時は本当に笑顔が耐えない。
姉さんの職場は家からそんなに遠くない。歩いて四十分弱。走って二十分程。近くて何かと僕らにとっては都合がいい!この前の一松兄さんが迎えに行くというような事があるから。あの時は結局みんなが揃ってケーキを買ってきて、一松兄さんがとても満足した笑みを浮かべてた。


「あー、もう着いちゃうね」

「十四松と一緒にいると時間が早く立ってるような気がして、なんか勿体ないなぁ」

「んん、良い意味で?」

「良い意味で」

「へへへ、よかったぁ!」


前方に見えてきたなまえ姉さんの職場。優しい人がいっぱいの姉さんにとって大切な所。…ちょっとやきもち。
ふにふにとほっぺを両手で挟まれて目を瞬かせる。どうしたのと首を傾げれば、なまえ姉さんはまっすぐに僕を見つめてくる。ちょっぴりドキドキした。


「変な顔してた。難しいことでも考えてたの?」

「……んーん、何でもないっす!」

「嘘つかない。心配で仕事に行けないでしょ」

「まじっすか!」

「こら、喜ぶな」


呆れたように笑う姉さんには何でもすぐにバレてしまって、むず痒い気持ちでいっぱいになる。どれだけ隠し事をしようとしてもあっさりと見つけてしまって、僕らはそんな時に姉さんに頼ってしまうのだ。男として情けないなぁとは思いつつ、でも甘やかしてくれる姉さんが僕を見てくれるから、やっぱり嬉しい気持ちで満たされる。


「それじゃあ十四松。行ってきます」

「行ってらっしゃいなまえ姉さん。気をつけてね!」

「十四松も、走り過ぎて無茶しないようにね」

「うっす!」


ビシッと敬礼のポーズ。頭を撫でて背中を向けたなまえ姉さんの姿が見えなくなってから、漸く僕も背中を向ける。撫でられた部分に手を置いて緩んだ口元を引き締めながら走り出す。赤くなっているだろう顔は、きっと風に煽られても直らないんだろうなぁと考えて口を大きく開けて笑った。


2016/03/25
会えてラッキーだよ!