■ 三男である僕の話

うとうととした気持ちのいい午後の昼下がり。テレビをつけたものの特にこれといった面白そうな番組もなく、なんとなくつけているだけとなったそれに欠伸を零したのはもう数十分も前のことだ。
テーブルに開かれ型がついてしまった薄めの雑誌は、よく使用している求職募集の所謂就活に愛用しているものだ。悲しいかな。未だ捨てられることも無く、現在も使わせてもらっている。
テレビをつけて雑誌を開いてペラペラと眺めていたものの、程よい温度に思わず眠気を誘われてしまい瞼が重くなっていく。
ああもうこれは勝てない。そう認識してしまえば、頑張って閉じまいとしていた瞼はあっさりと閉じて、体はテーブルへと吸い付いていく。すっかり寝る体勢へと変わった僕は、何も考えずにそっと息を抜いた。


「………ぁ、…?」

「おはよう、チョロ松」


ふと眠りから目を覚ませば、僕の目に写ったのはテーブルや自分の腕なんかではなく、柔らかく微笑んだなまえ姉さんだった。理解ができずにぼうっとそのままなまえ姉さんを見上げていれば、優しく髪を梳かれて撫でられる。この優しい手が僕の一番のお気に入りだったりする。


「……て、きもちぃ」

「んー?はは、そっかそっか」


舌っ足らずな言葉に笑う姉さんは輝いて見えた。
微睡む中で気付いたのは後頭部にある柔らかさ。おかしいなぁと思えば、目は冴えて頭も徐々に起動していく。確かにテーブルに体を突っ伏して寝たはずなのだ。ならば目覚めた時に一番に視界に入るものは自分の腕かテーブルのどちらかのはずで、決して空気に触れていた隙だらけの後頭部が何かに当たっているはずがないのだ。


「……ねねねねね、姉さん?」

「なに?」

「ああああ、あの……今この状況説明してくれる?」

「んー、チョロ松の頭を私の膝に乗せてる」


あっけらかんと言い放ったなまえ姉さんに対して、僕の顔は茹で蛸のように真っ赤になった。見た訳では無いけど絶対真っ赤になってるのが分かる。姉さんも「わあ真っ赤」とかそんな純粋なコメント…可愛すぎんだろ!違う、そうじゃない。笑うな馬鹿、可愛いんだよ馬鹿、もう普通に好き。好きです姉さん。


「あ、う、何でこんなことに……」

「え?チョロ松が言ったんだよ?」

「……ごめん分かんない。どういう事?」

「『姉さんごめん膝枕して』寝言にしてはハッキリ言ってたよね」

「ああぁぁぁぁ………」


未だなまえ姉さんを見上げる僕は無意識のうちに離れまいとしているんだろう。シスコンも大概にしろよって話しだよね!ごめんね姉さん!でもシスコンとはちょっと違うかな!
というか僕は一体全体なんてことを言ってるんだろうか。膝枕してとか…恋人じゃねぇんだぞ!馬鹿か!しかも寝言までしっかり姉さんって、名指しとかどんだけ好きなんだよ僕!大好きですけど!?もうこれに関しては言い訳とかそんなものはない。あのクズ長男からドライモンスターまで姉さんガチ勢だから笑えない。


「チョロ松、百面相してるよ。何考えてるの?」

「何でもない。…なまえ姉さん、ごめん。膝しんどくない?」

「全然。おそ松やトド松にもよくやってるし、最近は一松もかな」

「……じゃあもう少し、いい?」

「うんうん、姉さんが甘やかしてあげよう」


にこにこと笑うなまえ姉さんを見ていたら、自然とこちらも笑みが零れる。なに長男も末弟も膝枕を堪能してんだとか、なんで四男もちゃっかり混ざってんだとか言いたいことはあったけど、それをなまえ姉さんに言うつもりは無い。言うならば本人にだ。なまえ姉さんに言っても困ったように笑うだけだし、困らせたいわけじゃない。じゃあどうしたいんだよってね、聞きたいよね、正直僕以外にそんなことして欲しくないよね、絶対無理だよね。


「なまえ姉さん、仕事しんどくない?」

「仕事?んー、そうだなぁ。…そりゃね、しんどい日もあるよ。何でこんな事やってんだろって思う日もあるよ」

「うん」

「でもねぇ、仕事から帰って来て母さんのご飯食べて父さんと話してチョロ松とかと顔合わせたら、それだけで姉さんは頑張れる」

「…うん」

「そんなんで頑張れるのかって思うかもしれないけど、でも頑張れちゃうんだなぁ。私が単純だからかもしれないけどねぇ」


笑ってそう言うなまえ姉さんの手のひらが僕の額を覆って、程よい温かさに二度目の眠気が襲い来る。それを察してか、姉さんの手はゆるりと頭を撫でて、瞼はゆっくりと落ちていく。優しく微笑んだ姉さんの姿を最後に僕の目の前は真っ暗になった。


「チョロ松は頑張ってるよ。大丈夫。姉さんはちゃあんと知ってる」

「……ん、」

「今はゆっくりお休み」


優しく包むようなそれは僕が欲しかった言葉で、僕は自然と言葉を滑らせた。


「……ねえさん」

「なに?」

「すきです」

「ありがとう。私もチョロ松のこと好きだよ」


きっと微笑んでいるだろうなまえ姉さんの小さくて温かい手が頭を撫でる。本当の事なんてまだ知らなくていい。いつかきっと伝える日が来たらその時に言おうかな。僕はゆっくりと意識を手放した。


2016/03/23
僕もダメ人間。