■ 次男である俺の話

「おかえり、カラ松」


ふんわりと笑って出迎えてくれたなまえ姉さんに、何もかもを投げ出して縋りつきたくなった。なまえ姉さんの前ではいつでもカッコイイ所を見ていて欲しいのに、その日ばかりは情けなくもボロボロと涙が出て止まらなかった。
怪我をしていない方の手を優しく握られて、傷に響かないようにと真綿に包むような力加減で抱きしめられた。俺自身も驚く程小さく震えた声が出て、ぐしゃりと表情が歪むのが分かった。


「うっ、あああああっ」

「よーしよしよし、頑張ったねぇ。我慢せずに吐き出せればよかったねぇ」

「ねえざぁぁぁぁんっ!!」

「うん、大丈夫。カラ松の姉さんはここにいるよー」


握られた手に力を入れてその肩を濡らせば、優しく頭を撫でられて余計に涙は染み渡る。濡れた衣服を気にすることもなく、なまえ姉さんは柔らかく微笑んで俺が落ち着くのを待ってくれていた。


「うっ、ぐ…っ、もう、へいきだ……」

「ホントに?」

「……ああ」

「じゃあ離れても大丈夫?」

「だいじょばないっ」


離れようとした素振りに慌てて手を引けば、クスクスとなまえ姉さんが笑ってまた頭を撫でる。…一応成人してる身なんだがなぁと、泣き腫らした目をしているだろう自身を思い出して内心苦笑した。上手に甘えさせてくれる姉さんに、俺達六つ子は一生かかっても勝てないのだろう。


「大方、おそ松達にいじめられたんでしょう」

「…ん、でも役得だ。なまえ姉さんが俺を甘やかしてくれるからな」

「口が達者になっちゃってまあ。はは、じゃあ今日一日はカラ松だけ特別待遇してあげようか」

「申し出は嬉しいが…、後が怖いから遠慮しておく」

「んー、そっかぁ。…じゃあ私は勝手にするから、カラ松は気にしないでいつも通りでいいからね」


非常に残念な事をしたなと思いつつも、おそ松達に知られると更に酷いことになりそうだからと断れば、にっこり微笑んだなまえ姉さんはそう言った。その言葉を理解できず聞き返そうとした口はあっさりと塞がれた。手で。
意味が分からず首を傾げれば、姉さんも同じように首を傾げて笑う。何故だかとても愛おしく思った。俺の頭は単純なのだ、仕方ない。


「カラ松、今日はどこにも行かないの?」

「ああ、家にいる予定だ」

「そっか、じゃあ私も家にいようかな。…あ、会社の人からお饅頭貰ったの、一緒に食べようか」

「え、あ、ああ…」

「お茶いれてくるよ。熱いのは…、まだ無理かな?」

「う、ん」

「了解」


先程の言葉の意味はこのからっぽの頭にもすぐに理解出来た。
台所へと向かったなまえ姉さんを凝視していた十個の目が、一斉にこちらを向いたのが分かって肩を震わせる。啖呵をきったのはおそ松だった。


「なんでお前だけなまえ姉さんと饅頭食べようとしてんの?」

「姉さんに何かしたの?」

「クソ松、正直に言え。なまえ姉さんに何した」

「カラ松兄さんずるいっス!」

「どう見ても何かしたとしか思えない」

「いや、あの、俺は別に何も…」


五人の同じ顔に詰め寄られる恐怖といったらもう異常どころの話ではない。しかも詰め寄る相手がこれまた同じ顔をした兄弟なのだから、傍から見たらひどく奇妙な光景だったと思う。後退る俺にじりじりと距離を詰めてくる兄弟達の図は、永遠に続くのではないかと思われたが、もちろんそんな事はなく唐突に制止がかかった。


「ストップ」


たった一言でピタリと止まる六つの体。少し眉を寄せたなまえ姉さんは、おそ松から順にその額にデコピンをしていく。器用にも片手にお茶と饅頭が乗ったお盆を持っている状態でだ。
ぺたりと額に手をおいてきょとりとした目で姉さんを見る兄弟達は、笑ってしまうぐらいに同じ顔だった。


「今日一日、姉さんはカラ松だけの姉さんだから、いじめたらダメだよ」

「どういう経緯でそうなったの!?」

「自分の胸に手を当てて聞いてみなさい、チョロ松」

「姉さんは僕たちの姉さんじゃないの?どうして?」

「今日一日はカラ松だけの姉さんなんだよ十四松」


お盆をテーブルに置いてチョロ松と十四松に言い聞かせるようにそう言うなまえ姉さんの隙を見て、じとりと妬み嫉みのこもった瞳が六つ向けられた。言わずもがな、おそ松と一松とトド松の目である。


「こーら、そんな目で見ない。先に言っとくけど、これが原因でまたカラ松をいじめたら許さないからね」


ぎゅうっと後ろから包むよう抱きしめられ、目を見開くと同時に顔が真っ赤になるのがわかる。にぃっと悪戯っ子のように笑う姉さんに、ぶすくれた表情をした兄弟達。申し訳ないが、言い知れぬ優越感を覚えたのは致し方ない事だと思う。


「……姉さん、」

「なに?」

「好きだ」

「私もカラ松好きだよー」


言葉の内容は噛み合っているようで噛み合っていない。だけれどそれでもいいと思うのだ。兄弟ですら晒していないこの想いは、今はまだ密かに募らせているだけでいい。我慢するのには慣れているから。


2016/03/22
この出会い、それが奇跡。