■ 長男である俺の話

松野家六つ子には、兄弟間の中でしか知られていない暗黙の了解が幾つか存在する。
まず第一に、父さんと母さんの言う事は叶えられる範囲のものは承諾すること。頼まれれば大抵のものは引き受けているけれど、就活とかそんな話は却下。チョロ松は律儀にも考えているけど時間の問題だろうと思う。まだ俺は働きたくないし、今あるこの時間をしっかりと俺自身が考えて大事にしたい。


「ニート達、近所のスーパーで挽き肉買ってきてちょうだい」

「オラァ!手ぇ出せてめぇら!」

「フッ…俺の秘められし力をついに開放する時が来たようだな…」

「にゃーちゃん特集の雑誌見ないといけないから絶対勝つ」

「これから猫の餌やり」

「テレビで野球見ないと!!勝つよ!!」

「もー、こーいうのは兄さん達の役目じゃん!」


母さんの言葉にやいのやいの言いながらも六人分の手が中央に集まる。掛け声と共に出された五つの手は五本の指が綺麗に開かれており、自身の手は拳を象っていた。膝をつく俺の頭に買い物袋が無情にも置かれて、五人の兄弟達の下衆過ぎる嘲笑いを目に異常な程の苛立ちを覚えた。盛大な舌打ちを部屋に残して家を出る。
話は戻るが第二に、賭け事、所謂ギャンブルは勝ったら報告すること。これはもう既に崩壊しかけているものではあるけど、金の匂いには目敏い俺達に隠し事なんてものは無理だ。以前のトド松のように絞り上げる事が多い、逆に見つからずに全額使うことの方が難しいと思う。


「……あ、やった!お釣りあんじゃん!」


頼まれた挽き肉を購入して出たお釣りに少しだけ気分は上がる。いつもならお釣りまでしっかりと計算して、余分なお金を渡すことの無い母さんの珍しいミス(若しくは慈悲)に何を買おうかとつまみやお酒を見て回る。俺に回ったお金なんだから俺が何に使おうが勝手でしょ?
第三に自分が引き起こした問題は自分で片付けること。手に負えない場合は手を貸すこと。これは恐らく高校生ぐらいの頃からだったと思う。昔はそれはもう目も当てられないほどヤンチャしていたから喧嘩なんて日常茶飯事だった。六つ子だから顔の見分けがつかなくなって、俺がやった喧嘩の報復が一松に回ったり、十四松が返り討ちにした喧嘩の報復がカラ松に回ったりと大変だった。おかげで青い青春を送ってしまい、恋人なんてできたためしがない。


「…おそ松?」

「あれ、なまえ姉さん?仕事終わり?」

「そう」


つまみを両手に取って悩んでいれば、仕事終わりのなまえ姉さんと鉢合わせした。思わず母さんに心から感謝したくなり、同時に家で仕事を探しもせず自分たちの趣味に没頭しているクソ兄弟達を心底嘲笑う。少しだけ良くなっていた気分が、今では天にも昇るような最高な気分へと早変わりする。
第四に、なまえ姉さんを害するものには一切の遠慮はいらない。先程あった喧嘩の話に姉さんを巻き込んだ事がある。報復としてなまえ姉さんが狙われ、大きな怪我をする事は無かったものの心に深い傷を負った。男性恐怖症というらしい。当初は父さんや弟である俺達でさえ悲鳴を上げて震えていたのだが、日が経つにつれて傷も癒え、何とか一年少しで回復することが出来た。もう二度とこんな事がないようにと父さんと母さんにはキツク叱られ、やるならば徹底的に手を出す事すら躊躇われる程にまでやれと言われた。勿論兄弟全員がそのつもりでいたし、お許しも出たので徹底的に隅から隅まで潰しに行った。なまえ姉さんに手を出した奴らには、他よりも少しばかりキツク手を入れておいた。


「おつまみかぁ。じゃあお酒は姉さんが買ってあげようじゃない」

「え、マジで?やった!じゃあどっちも買えんじゃん!」

「おそ松だけのじゃないからね。みんなの分もだからね」

「ええ〜、いいじゃん俺のだけで。たまには俺となまえ姉さん二人だけで飲もーよ」

「それでもいいんだけどね。すぐバレちゃうじゃん」


クスクスと笑う姉さんに俺達六つ子は昔から頼り、その手に助けられて生きてきた。今の俺達の姿を見てなまえ姉さんは呆れはするものの振り払う事などなく、逆に手を握り直してくれる。きっと姉さんはその手を俺達自ら離す事を勧めてくれているんだろうけど、俺は手を離すつもりなんて更々ない。きっと他の兄弟たちもそうだろうけど。
なまえ姉さんが持つはずだった買い物袋を素早く取り上げて、自分よりも小さな手をもう片方の手ですくい上げれば可笑しそうに笑う。


「どーしたのおそ松。今日はいつもより紳士的だねぇ」

「えー、俺はいつでも紳士的じゃない?なまえ姉さんが気付いてないだけで」

「こういうのはトト子ちゃんにした方が効果的だと思うけどなぁ」


第五に弱井トト子ちゃんをあまりなまえ姉さんへと近付けさせない事。いつ知りあったのかなまえ姉さんへとベッタリ懐いてしまったトト子ちゃんは、事あるごとに姉さんへと構われに来る。それは兄弟水入らずの時でさえ入り込んでくるのだから困りものだ。確かにトト子ちゃんには弱い俺達だけれど、それがなまえ姉さんを奪い取ろうとするものならばいくら可愛いトト子ちゃんでも許せない。


「なまえ姉さん、」

「なに?」

「…お酒買ってくれてありがと。好きだよ」

「なになに、急に改まって。どういたしまして、私も好きだよ」


ニコニコと笑うなまえ姉さんはきっと俺達がただのシスコンだと思っているのだろう。いや確かに事実だけど、これっぽっちも間違ってなんかいないけど。なんというか、シスコンを拗らせ過ぎたと言うべきか。まあ皆様が頭のいい人であるなら、お察しの通りそういう事だ。


2016/03/22
これでいいのだ!