■ ライバルはたくさんいる。誇らしくも心苦しい現状だ

文化祭当日。朝から開会式なるものが開かれた後、各自それぞれの店番へ回る。朝の時間帯はまだ人はまばらであるが、昼に近付くにつれ校内には生徒や外部の人達でごった返し状態だ。
ちなみに俺の店番は朝の内の1時間ほどだ。後で片付けを手伝えばそれでいいと仲間内から了承をもらっているので問題は無い。(研磨も同じ時間である)


「クロ、時間は聞けたの?」

「おお、昼の一番忙しい時間帯ダナ」

「…そう」


少しだけ目を伏せて顔を綻ばせる研磨に複雑な気持ちになりながら、負けてられねぇと息をつく。とりあえずこの1時間を乗り切らねばならない。人が少ないとはいえ、好奇心で来る客は多いのだ。
何をすればいいのかと辺りを見回している犬岡は、優しく指導して客を誘導させている海に任せれば問題はなさそうで、女性客にテンションが上がりながらも挙動不審気味な山本を宥めながら接客に回る夜久。こちらも問題はなさそうである。


「先輩!これ二番テーブルお願いしまーす」

「おー。てかリエーフ、何でお前裏方やってんの」

「孤爪さんにこっちのが似合ってるって言われたんです!」

「……あぁ、ソウ」


大方、面倒くさがった研磨がリエーフに裏方の手伝いをやらせているんだろう。研磨はアレで口が上手いから。あとリエーフが乗せられやすいから。


「福永、リエーフのことちゃんと見てやってくれよ。変なもんいれられたらたまったもんじゃねぇ」

「はい」


同じく裏方担当の福永にリエーフの面倒を任せて、残り時間を確認して気合を入れ直す。あと数十分もすればみょうじさん(メイド服)に会える。頑張ろう。なんて邪なことを考えていたからだろうか。研磨に勢いよく背中を蹴られた。


「──あ、交替だ」

「マジでかっ!」

「接客中に声荒げるな馬鹿」


海の言葉に接客中にも関わらず声を荒らげたのは悪いと思った。でも研磨が蹴った場所を的確に狙って更に殴ってくるのはどうかと思う。夜久、俺そんなに悪いことしたか?

逃げるようにして更衣室に向かい、サッサと制服に着替えて研磨(着替済み)と合流。自然と足は早く動き、人混みを避けつつ最短距離を歩きながら教室へと向かう。研磨はしっかりと後ろに張り付いてきていた。しかもゲームしながら。
大勢の人で埋め尽くされている見慣れた廊下。もう目の前にある教室に、心臓が忙しなく動き出した時だった。


「なまえー!」


聞こえたその声に眉が寄り、背後でゲームをしていた研磨のボタンを押す音が止まった。GAME OVERのBGMが耳に入ってくる。
みょうじさんの名前を気安く、かつ馴れ馴れしく呼ぶ人物など聞いたことがない。いや、俺が聞いたことないだけかも知んねぇけど。俺や研磨ですらそう呼んだ事がないのに、一体誰だと二人して人ごみをかき分けてその正体を視界に映す。


「久しぶりだなぁ!相変わらずちっせぇままだな!」

「あ、わ、っ!」


目に飛び込んできたのは白っぽい灰色っぽいツンツン頭の見慣れた男が、みょうじさんを嬉しそうに抱き上げて(高い高い)笑っているところだった。顔真っ赤だ、可愛い。……じゃなくて。


「……木兎、」

「ギルティ」

「あがっふ!?」


未だかつて研磨のこんなにも素早い動作を見たことがあっただろうか。いや、ない。見事なローキックを決めた研磨は鼻で笑った。
木兎はというと自然な動作でみょうじさんを立たせながら倒れ込んだ。結構な勢いがあったようである。


「え、何何何?何これすげぇ痛い」

「なまえさん、大丈夫?」

「え、あれ、研磨くん?え、え、何で…」

「みょうじさんは落ち着いて。木兎も平気か?」

「いってぇ……、あれ、黒尾?」


やめろ、男の涙ぐんだ姿なんぞ見ても何も思わねぇ。というか、みょうじさん超可愛い。メイド服ほんとに着てた。ロングスカートだ。可愛い。ちょっと顔赤くしてる。可愛い。
黒尾だー!と先ほどの痛みはどこにいったのか、声を大きく上げて立ち上がる木兎に眉が寄る。


「なんでお前がここにいるんだよ?」

「文化祭に来たに決まってんだろー?」

「……いや、何でだよ」

「何でって…なまえいるから」


なぁー?と見慣れた笑顔で俺と研磨の後ろにいるみょうじさんに声をかける木兎に、視線はみょうじさんに集まる。直視できない俺はヘタレか。というかどういった関係だ。俺も研磨も目で語っていたのか、みょうじさんは破顔して口を開いた。


「中学まで一緒だったんだ。私のお兄ちゃんみたいな人」

「おう!妹みたいなやつだ!」


研磨舌打ちすんな。限りなく小さかったが俺には聞こえたぞ。みょうじさんの傍に寄ってニッと笑う木兎に確信した。コイツ、目で牽制してやがる。


「兄貴分かぁ…。それはそれは、今後とも長いお付き合いになりそうだなぁ?」

「んんん?黒尾はなまえの何なんだよ。見る限りトクベツな間柄でもないみたいだしなぁ、そっちのちっちゃいのも」

「殺意を覚えた」

「落ち着け」


今にも飛び出していきそうなやけに好戦的な研磨を宥める。ちょっと落ち着いて研磨くん。キャラ崩壊もいいとこだよ。
木兎のニヤニヤとした笑みに心中穏やかではいられない。取り繕うようにこちらも笑みを浮かべて、みょうじさんの手を引いて研磨へと押しやれば、さっと自分の背後に回す。手を握ってるあたりちゃっかりしてると思う。
みょうじさんは何がどうなっているのかわかっていない様で、俺や研磨や木兎をそれぞれに見やって困惑の表情を浮かべている。可愛いメイドさんだなチクショウ、写真撮りてぇ。


「まーまー、落ち着こうぜ黒尾。俺は今日遊びに来たようなもんだしさ!」

「…まっさきに威嚇してきたやつがよく言うなぁ、オイ」

「あ、そーだ。なまえに当番終わったらいろんな所案内して欲しいんだけど」

「え、あ、うん。それは別に、」

「俺らが案内してやるぞ?木兎?忙しいみょうじさんを困らせんなよ?」

「いや、僕は案内する気ないけど」


心優しいみょうじさんが木兎の頼みを断るはずもなく、了承しようと首を縦に降るのを阻止してにっこりと笑みを深める。研磨は道連れにする。一人抜けてオイシイとこだけ持ってくのは許さない。


「えー、なまえが案内してくんないんなら俺ずっとここに客としていてもいい?」

「うん。ほとんど休憩所みたいなとこだし、クラスの皆も気にしないと思うよ」

「じゃあここにいる。黒尾たちも居ようぜ!話聞きてぇし!」


流れるような誘いにイライラしながらも頷けば、何かを企むような目をして木兎は笑う。嗚呼まったく、癒されに来たというのに面倒ごとになりそうだ。みょうじさんの手を握る研磨の手は叩き落としておいた。何これデジャヴ。


「あ、黒尾くん、研磨くん」

「どした?」

「何?」


仕事に戻ろうとするみょうじさんが思い出したように声をかけてきて、首を傾げれば彼女ははにかみながら言った。


「二人のエプロン姿かっこよかったよ」


いつバレー部の模擬店に来たんだとか、見てたのかとか質問はいっぱいあったけどとりあえずみょうじさんが可愛いのはよく伝わった。木兎、歯軋りうるせぇ。


2015/12/09
メイド服で教室を駆け回るみょうじさんは可愛かった