■ 彼女は薔薇ではない。優しい黄色のたんぽぽだ

パタパタと目の前を走っていくみょうじさんに声をかける。少しだけ戸惑ったような表情で振り返った彼女にどうしたのかと尋ねてみた。少し困ったような表情をして、次いで考え込むような仕草をした後でパッと顔を上げたみょうじさんに、さらりと両手を取られて声をかけた時から忙しなかった心臓が更に五月蝿くなった。


「黒尾くん、手伝って欲しいの」

「て、つだう…?」


真剣な眼差しで見上げてくるみょうじさんには悪いが、そんな顔で見つめてくるのはやめて欲しい。心臓に悪いから。このままでは研磨に負けてしまう。


「文化祭の買出しなんだけど──」


そんな発言から30分後。俺とみょうじさんは近くのデパートに来ていた。もうすぐ文化祭という事もあり、確かに教室の雰囲気はいつもとは違って浮かれていたような気がする。みょうじさんの手にあるメモ用紙には、それはまあ沢山の必要物品が書かれていた。
あれ、ていうかこれ意識してなかったけど所謂デートってやつじゃあないんですか?いや、落ち着け黒尾鉄朗。デート:恋愛関係にある(或は進展しそうな)二人が一定の時間を遊行目的で行動を共にすること。あれ、これやっぱデート?


「黒尾くん、先ずは飾りから行こうか」

「そーだなぁ。安いもんでいいよな?」

「安いに越したことはないね」

「結局ウチのクラスは何する予定?」

「あ、そっか。黒尾くんは部活の方で別にするもんね」


はにかみながらそう言うみょうじさんに癒されながら、「頑張ってね」の言葉に頷いて返す。
ちなみに男子バレー部は喫茶店である。何て事のないタダの喫茶店。真面目に考えなければ夜久を怒らせそうだったから。主将の威厳がないとかそんなん関係ない。怖いもんは怖い。
飾り付けコーナーで肩を並べて適当なモノの値段を確認しながら、みょうじさんは口を開いた。


「バレー部とちょっと被ってる部分があるんだけどね、コスプレ喫茶だって」

「……………………はーん?」

「男子が結構強引に決めちゃって。女子も乗り気だったしね。仕方ないかなぁって」


困ったような笑顔でモールを手に取るみょうじさんの言葉に、内心衝撃が半端なくて口元が引き攣る。一体どの段階でウチのクラスがコスプレ喫茶などという模擬店になってしまったのか。


「みょうじさんは裏方?だよな?」

「ううん。私はメイド服を着るんだって。着たことないから恥ずかしいんだけど、最後だしね」


さらなる衝撃的な発言に黒尾さんは立ってられないほどのダメージを受けた。照れたように笑うみょうじさんは可愛い。だがしかし、何故俺が部活での模擬店をしている間にその姿が見れないのか。ありえねぇ、マジでありえねぇ。これは研磨あたりに報告した方がいいのか。いやアイツならサッサと部活を抜け出してみょうじさんの方に行きそうだ。


「ちなみに何時ぐらい?」

「うん?そうだなぁ。商品が全部売り切れたら早い段階で終わると思うけど…。私もずっと居るわけじゃないしね」

「ああ、時間制で交代すんの?」

「そう。流石にずっとは着てられないよ」


照れたように笑うみょうじさんマジ天使。フィルター無しでも可愛いと思う。贔屓は入ってるけど。
でもそうか。ずっと着てるわけじゃないのか。嬉しいような悲しいような複雑な気持ちである。まだ彼女にとって俺は彼氏でも何でもないただのクラスメートだというのにも関わらずだ。


「黒尾くんは似合いそうだよね」

「ん、俺?何が?」

「喫茶店の店員さん。どんな格好するの?」

「あー、詳しくは分かんねぇんだけど。白のシャツに黒いエプロンらしい」

「わぁ、それバレー部全員でしょ?カッコイイ人多いから凄くいいと思うよ!」


テンションが上がってるところ悪いんだけど、それはつまり俺もカッコイイって事ですか?そこんトコ詳しく教えて頂きたい。
レジに向かうみょうじさんの後ろを歩きながら顔を抑える俺はきっと素晴らしく不審者だろうと思う。違うんです、この子が悪いんです。こんな事言うから…。


「文化祭、頑張ろうね」

「………ん、頑張ろうな」


振り向いて笑うみょうじさんに返事を返して、どさくさ紛れにその頭を撫でてみたら驚くほどに手触りが良くていろいろ爆発しそうになった。みょうじさんは少しだけ驚いた顔をしていたけど、されるがままになっている。可愛い。

さて、とりあえず。どうやって部活を抜け出してメイド服姿のみょうじさんを見るかを、研磨と一緒になって考えなければいけない。


2015/10/31
研磨はやっぱり普通に抜け出そうとしていた