■ 来訪する彼にて
私の家は山を少し登った所にあるといった説明は以前にもしたはずである。こんな事を街に住民たちから白目を剥かれてしまうのだろうけど言わせて欲しい。この山には神様と神様に仕えている天使様が住んでいる。……いや、本当に。別に頭の調子が悪いとかそんなんでは決してないんだ。だから本当に、その、信じて欲しいというしかない。
「なまえ、あれは何だ?」
「ま、待ってくれ。まだ今日の作業が残ってて…」
その端正な顔立ちはとてもキラキラとした表情で、すらりと伸びた指先は彼の興味あるものへと向かっている。ふうわりと宙を浮いて、ジーンズにシャツを羽織った大天使様の名前はルシフェル様と言う。
なんで様付けとか言ってはいけない。こんな程度の知れたたかが牧場主が、全人類を統べる神様や天使様を呼び捨てなどできるわけがない。そんな勇気私にあると思うのかっ!じゃあ何で敬語じゃないんだという質問があがるだろう。答えは勿論、彼等が駄々…許可してくれたからである。
そんなお優しい方の一人であるルシフェル様は、私の言葉に形のいい眉を寄せてトンッと地に降り立った。
「ふむ…。せっかく私が来ているというのに、ツレないなぁなまえ」
「でもウチの子たちにおやつをあげないといけない…」
「なら後で時間を戻そう。だから今は私に構ってくれないか?」
コテリと首を傾げておねだりのポーズをとるルシフェル様に逆らえる筈はなかった。逆らった場合、大天使様の手によってきっとウチの子たちがサラッと連れていかれてしまう。何処にってそりゃ雲の上にあるだろう天界的な所に。それは嫌だ。
頷けばルシフェル様はにっこりとそれはもう美しい笑みを浮かべて(眩しい…)私の隣に立つ。背が高いから恐れ多くも見上げてその赤い瞳を見れば、小さく笑い声を上げるルシフェル様。
「ふふ、なまえは初めて話した時も私の目をよく見ていたな」
「好きだから仕方ない」
「……おや」
きょとりと珍しいものでも見るかのような顔で私を見下ろすルシフェル様に首を傾げる。
「ルシフェル様の絵を描いた時があったんだけど、赤い目はどうしても私の知る色にならなくて…。きっと世界に一つしかない色なんだな。とっても綺麗で好きだ」
「…全く君は、人を喜ばせるのが上手い子だよ。本当に」
「うん?うん。ありがとう」
「……連れて帰ったらイーノックが怒るかな」
腕を組んで私を見下ろすルシフェル様はそう呟いた。私はというと顔面蒼白である。待ってくれ、ウチの子はまだまだ元気なんだ。私はまだ離れたくない!これから色んな大会に出て優勝するんだ!いっぱい可愛がるんだ!
そんな思いを込めてルシフェル様を見上げて首を降れば、やれやれと言ったように柔らかく微笑んだ。
「君はまた勘違いをしているな?」
「う、ウチの子は連れて行っちゃ駄目だ…っ!」
「ああ、なまえの大切な子達を連れては行かないさ。あれだけ愛される彼らも羨ましいけどな。そういった部分も君の魅力の一つなんだろう」
言っていることは大半よく分からなかったが、とりあえずウチの子達は連れて行かないらしい。良かった。安堵の息をついて胸を撫で下ろす。少しだけ目を細めたルシフェル様が手を伸ばした所で、携帯の受信音が鳴り響いた。何で天使様が携帯を持ってるんだとかそんな野暮なことは聞かない。
「おっと、時間のようだ」
「イーノック様から?」
「いや、君が言うところの神様からだよ」
「ヒェッ」
引きつった声を上げる私に笑って電話に出るルシフェル様は、するりと私の髪に手を伸ばして軽く撫で付けた。擽ったくて肩を縮こませればクスクスと笑い声が聞こえる。解せぬ。まるでペットの気分だ。…いや、彼等からすると人間はみんなペットみたいなものなのか?…考えるのはやめておこう。
「それじゃあなまえ。なかなか有意義な時間だったよ」
「うん。私は何もしてないけど、満足してもらえたならよかった」
「それじゃあ、また」
こちらに背を向けて彼が手を上げ、パチンッと子気味良い音が鳴った。
時間は戻り、私はおやつを片手に動物小屋へと向かう途中である。不思議なことに、時間が戻ったにも関わらず私の記憶は先程の事を忘れていないのだ。しっかりとルシフェル様と話したことを覚えている。何故だろうかと深く考えても答えが出せるはずもないから、私はいつも通り動物達におやつを配り歩いた。
来訪する彼にて、大天使様と交流
(ああ、今回もやっぱりダメだったよ。嫌われたら流石に立ち直れる気がしないからなぁ)