■ とある裏話三選

□高専さしすのとある日常会話
新しく出来た後輩たちはそれはもう元気で素直な弄りがいのある後輩たちだった。七海と灰原との挨拶によろしくと返していたら、少し離れたところで同じく挨拶をしていた私と同性の子に「弱そう」等と恐らく術式を視てそう言った男。離れて見ていた私や七海たちですらなまえが微動だにせず固まったのが分かった。けれど目の前の男は全く気付かぬ様子で、何処かソワソワした雰囲気を醸し出しており。

「……精進します」
「ン」

微かにだが声は震えていた。男、基クズ、いや五条は顎を僅かに引いて、そのまま逃げるように教室へと去って行った。隣のもう一人のクズ、いや夏油は何かを察したようで、というよりこの場にいたなまえ以外全員が察した。ああ、アイツ惚れたな。その後どこか怯えたように挨拶してきたなまえに笑って返せば、分かりやすく安心した息をこぼしていた。

「第一印象クソみそに悪かったぞ五条」
「アレは言い訳もできないね」
「うるせぇ!!飛んだんだよ!」

なまえたちと別れ、教室に帰れば頭を抱えて机に突っ伏している五条がいて、夏油と顔を見合せ口角を吊り上げる。煽ればあっさり乗ってくるものだから笑いが絶えない。しかも顔は真っ赤である。去るもの追わず来るもの顔見て決めるお前が初恋か?爆笑。今年のR-1決まったな。

「やべぇ、これ嫌われた?俺まだワンチャンあるか?あんなどタイプな女が後輩になるとか俺聞いてないんだけど。あ、連絡先交換してねぇ。アレ?俺今までどうやって女と連絡先交換してた?」
「私はさっき交換した。女にしか出来ない話もあるだろうし」
「は?何それ羨ましい以外の感情が見当たらないんだが。ちょっと俺去勢してくるわ。明日から悟(さとり)ちゃんってお呼びくださいまし!?」
「完璧に切ると私でも治せないし、なまえと付き合えなくなるぞ」
「決断が早過ぎたな。まだ俺は男として諦めてはならないものがある。あと名前、なまえって言うのか。正直顔見た瞬間視覚以外の情報飛んだから助かるわ。読唇術とかちゃんと習っとこ」

青くなったり赤くなったり忙しない五条のあまりの気持ち悪さに夏油が床に転がって爆笑している。夏油、お前そんな汚い声で笑えたんだな。
合同任務の際。五条は前日からいつになく上機嫌で、けれど当日になると腹でも下したみたいに青い顔で、夏油に毎回心配されては「俺は出来る天才ですから」と桜木花道も思わず気を使うレベルに震えながらそう言った。まあ結局は何の進展もできず、それどころか夏油が操る呪霊に「まだ若いから」「意地悪しちゃうのね」「次頑張ろ」等と母親みたいな同情される五条が教室の片隅で目撃されるのだが。夏油は元気に床で震えながら笑いを堪えている。オイ屁みたいな吹き出し方するぐらいならちゃんと笑え。

「怪我させた。俺がいたのに。好きな女守れなくて何が最強?何のための最強なの?返上するわこんなもん」
「コンビ解散の危機だぞ」
「見出しは痴情のもつれか。え、嫌なんだけど」
「多分血管いってたな、血がドバッと出てた。跡残んねぇよな?なまえの肌に極力跡とか残したくねぇんだけど。えっ、責任ってどうすればいい?先ずなまえの親戚関係に式の招待状送るべき?」
「外堀セメントでガチガチに埋めるつもりか」
「まだ固まってないからセーフ」
「なんでこの口は要らねぇことばっか言うかなぁ?俺の動き見てちゃんと勉強してるなまえに対して愚図ってなんだァ?縫われてぇのかこの口は。つーか理想と現実が違い過ぎるのが問題。イメトレは完璧なのに現実のなまえは何であんな輝いてるわけ?一挙手一投足可愛いとかギャルゲーのヒロインかよ。……俺以外の攻略者は要らねーー!!!」
「夏油コイツ本格的にやば……、し、死んでる」

なまえの怪我はきっちり私が治したし、跡が残らないとも伝えたのにこの有様である。人の話は聞かないと思ったらなまえの名前には滑空時の隼並の速さで「俺の嫁が何?」と付き合ってすらいないのにそんなことを言う。「嫌われてる奴がなんか言ってら」と答えたら泡吹いて倒れたのはコイツマジでキモイなって。あと今日は耐えてた方だけど夏油はちゃんと死んだ。南無三。


□信仰_七海建人&五条悟
人には誰しも踏み込まれてはいけない部分というものが必ず存在する。それを遠慮もクソもなく、自制も働かせずに踏み荒らしたのが目の前の男だった。少し離れた場所で家入さんと話しているみょうじは眉間に皺を寄せ不服そうにしており、原因は言わずもがな五条さんであるのが分かる。嬉しそうにヘラヘラと緩むその頬は赤く腫れ上がったままだ。生まれてこの方、先輩を何の躊躇も無く殴るなどしたことも無かったから少し新鮮であった。あまり経験したくはなかったが。まあ術式で治っていたらまた殴るつもりではいたけれど。

「七海ってさ、なまえのこと好きだったよね。隠れて酒飲んで就活に誘うぐらいには」

五条さん的には思い出話程度のつもりで話しているのだろうなと簡単に理解出来た。
いつ死ぬか分からないこの職場で恋愛などする必要を感じられず、かと言って人の心というものは存外に勝手で、五条さんの言葉通り私はみょうじに好意を寄せてしまっていた。いつ、何処でなど覚えていないが、隣に並んだ小さな体に安心感を覚えたのが始まりだろう。灰原の死に顔を見た時、泣き叫ぶ彼女を抱き締めながら何としてでも生きなければいけないと思った。寮の部屋で規則も破り酒を飲み、私の想いはあそこで昇華した筈だった。けれどやはり思い通りにはいかないもので、笑うみょうじを見て精算し切れていなかったものがまた芽生えるのだからどうしようもない。
肩に腕を置き、未だ締りのない顔をする五条さんを一瞥してその手を払い落とす。

「ええ、好きですよ。あと私は関係の修復を頼まれただけで、仲を応援するつもりは一切ありませんので」
「え……、え゛っ!マジ!?執拗い男は嫌われるよ!?」
「貴方にだけは言われたくないです。では失礼します」
「七海ぃ!?ちょっと待って!?」

私の言葉に一瞬考えを巡らせ、頭の良い五条さんは直ぐに理解したようで笑顔は引っ込み愕然とした表情へと切り替わる。流石にこちらを向いたみょうじを飲みに誘えばあっさりと了承して、背後の五条さんがギリギリと歯ぎしりしているのが聞こえる。殴っただけでは気が済まなかった部分が少し発散出来た。
数時間後、酔って私の膝で少し寝たみょうじの写真を五条さんに送り付けたら「絶許。保存した」ときて今度こそ声を出して笑った。


□信仰_夏油傑&五条悟
鈍い音を立てて地面に倒れ伏したなまえと同時、術者が気絶した事による術式の解れが起きる。帳が上がるのが見え、連れて帰るかとその体に手を伸ばそうとして崩れ出した氷壁が歪な音を立てた。

「は?」

バキバキ、バリンッとこちらを覗く拳が一つ。傷一つないそれが無限によるものだと理解した瞬間、体はその場からいち早く離れ。ぐしゃりと自分が先程まで立っていたアスファルトが凹んだ。思っていたよりずっと怒ってるな。ガラガラと穴が空いたそこから悠然と歩いてきた悟に思わず笑みが漏れた。

「やあ、悟。元気そうで何よりだ。私となまえは帰るから後は任せてもいいかい?」
「何普通になまえ連れて行くの前提にしてんの?ダメに決まってんだろ、お前アホになったか?」
「それなまえにも言われたよ」

壊れ物を扱うように倒れたなまえを抱き起こした悟は、私の言葉に動揺したように体を揺らす。以心伝心じゃんとかくだらない事考えてるんだろうな。コイツなまえが関わると急に頭悪くなるから。高専にいた時なまえと手合わせした時に散々悪態ついて、なまえたちが帰った瞬間校庭のど真ん中に穴空けて「手ぇちっっっさ!!!!」とか叫んでたの見てるんだからな。あれは絶対ブラジルに届いたし、ここまで不器用を極めた男っているんだなと思った。なまじ顔がいいだけ残念過ぎる。だから私よりモテないんだよ悟。

「信じられないぐらい罵倒された気がする」
「自己紹介か?」
「お前はそういう奴だよね」

げんなりした顔をする悟に笑ってパシンッと手を叩く。ずるりと顕現した呪霊に、通常ならば足止めの効果は無い。けれど今は負傷し気絶したなまえがいる。前回といい今回といい、悟はいつも遅く登場するからなぁ。

「駄目だろ、悟。好きな子なら死んでも守らないと」
「コイツが死んだら原因を殺して俺も後追いするって決めてんだよ」
「うわ、付き合ってもない癖に重……」

重いついでにそれを吐露する相手を間違えてるぞ。それを面と向かって言えないから私よりモテないんだぞ悟。


2021/03/15