■ 地獄の前で待ち合わせ

「立香くんはまだ私が必要?」

「どういう意味ですか?」

「調達屋、卒業しない?」

「無慈悲!!!」


どんっと床を叩いて崩れ落ちている立香くんの前にしゃがみ、ツンツンとその頭をつつく。何も今すぐ卒業とは言わない。一応立香くん又はマシュちゃんに、素材集めのコツを教えてから立ち去るつもりなのだけれど。無情なことを言うようだけれど、立香くん以外にも依頼主はいるのだ。協会の人間もいるし、流石にここにずっといる訳には行かない。日に日に溜まっていく依頼は可能な限り使い魔に届けてもらっているけど、こういう仕事は信用命なのだ。


「集めるコツを教えるよ。欲しい素材を持ってるエネミーを集中的にドンッだ」

「あまりにも原始的では…?」

「まあ素材が出ない相手もいるから私はやらない。確実に欲しいなら巣だね」

「一気に危険度が爆上がりなんですが…」

「何のためにサーヴァントがいると思ってるんだ」


青ざめる立香くんに少し笑う。単身で突っ込めなんて言うわけが無いだろう。そんな事したら君を大事にしてるサーヴァントたちが暴動を起こすし、提案した私にも被害が出るだろう。そう言えばそうかというような顔をする立香くんの頬を少し抓ってやった。


「君はもう少し周りを頼るべきだ」

「頼り過ぎて最早もたれ掛かってるんですけど」

「なら抱えて貰うぐらい行けばいい。さあ、素材集めだ」

「…あ、一緒にですか!?」

「巣を見つけるのはちょっとしたコツがあるんだ。すぐ来てくれそうなサーヴァントは?」

「えっと」


そうして立香くんがピックアップしたのは鬼武蔵、基バーサーカーの森長可だった。さてはレベルを上げて物理で殴るをやってるのだろうか。本当ならバランスを見てもう一基ぐらい連れて来て欲しかったけど、文句は言ってられない。最悪私もバックアップに回ればいい。立香くんが求める素材は混沌の爪らしく、レイシフトした地でキメラの痕跡を探す。その間、鬼武蔵と立香くんはそこらを蔓延るエネミーをバッタバッタと薙ぎ倒していた。脳筋って奴だろうか。鎖を寄越せって叫んでたからちょっと違ったかも。
足跡、毛、臭い、爪研ぎの跡等を辿り巣窟を見つけたは良いけど、今の時間帯はキメラの数が多く収集は無理そうで。まあ巣を見つけるコツってだけだから、このまま突入なんて事はしなくていい。…いいハズだったのだ。


「なんで突っ込むんだろうか」

「暴れ足りないみたいで…」

「素材の山を背負って言われても」

「今日は何故か豊作で…」

「終わったぜ殿様ァ!!!」


登山にでも来たのかと言うようなリュックを背負った立香くんに呆れつつ、耳に響く声に眉を寄せる。真っ赤な返り血に染った鬼武蔵は、立香くんに見せるように高らかにキメラの首を掲げた。欲しい素材は爪だし、少し落ち着いて欲しい。バーサーカー相手には無理な話だろうけど。慣れた様子で手を振って応える立香くんを横目に見つつ、よくバーサーカーたちを手懐けられるなぁと素直に関心してしまう。素材も集まったし帰ろうかと口にすれば、立香くんも頷き鬼武蔵に帰還の言葉を掛けた。ぐちゃぐちゃと嫌な音を立てて近づいて来る巨体の後ろ、閉じられていた目がギョロリと動いた。


「伏せろっ」

「うぁ!?」

「ア゛!?テメっ、殿様に何しやが、!」


巣穴に鳴り響く咆哮。立香くんに向けられたブレスは咄嗟に防壁魔術を張って防げたものの、崩れた瓦礫の一部が立香くんに落ちた。怒鳴り上げた鬼武蔵も仕留め損ねたそれに気付き、瞬時に槍をキメラへと振り下ろす。けれど、ここまでぶっ通しで暴れ続けたツケが来た。その一撃はトドメを刺すには至らず、体制を立て直した獣の牙が左腕に喰い込んだ。
治癒魔術を紡ぎ、気絶した立香くんの出血を止めて二重に防壁魔術を張る。一先ずの安全を確認し、左腕をぶん回してキメラを離した鬼武蔵から、少し距離をとった斜め後ろへ立つ。腕は千切れてないし、見る限りまだ動いている。回復は後回しに強化の魔術を付与。続けて地形が崩れないようにと結界を張った。


「オイ、商人!殿様は無事なんだろうなァ!?」

「軽傷。さっさと倒して帰還する」

「ったりめェだァ!!テメェの魔力寄越せ!ぶっ殺す!!」


魔力を貯めた宝石を投げ渡せば、躊躇いなく口にして噛み砕いた。驚いたのは襲い来るキメラを一度殴り抜いて無理やり距離を開け、そのまま宝具展開へと移行した事である。普通に避けたら良かったのに、下手したら自分も致命傷を負うかもしれないのに。バーサーカーらしいと言えばらしいのだろうが。
気絶している立香くんを鬼武蔵に預け、何とか帰還したカルデアにて。難しい顔をしたダ・ヴィンチちゃんが私の提案も一理あるが、それとは別に反省するように促された。はっきりとしたお咎めは無かったけど、これでカルデアを去ろうとは思わなかった。私にだって情はある。


「よお、商人。これから殿様に茶ぁ点てんだけどよ、アンタも来るか?」

「うん。何か和菓子でも持っていくよ」

「よっしゃ!んじゃ、マスターの部屋で待ってるぜ!」


この一件以来、よく立香くんとマシュちゃん含む四人での茶の湯に誘われるようになった。バーサーカーの思考回路は一生かかっても理解できないだろうな。


2020/05/26
地獄の前で待ち合わせ