■ よるがこわいとうそをつく

士郎の家で晩御飯をご馳走してもらう事になり、流れでそのまま泊まることになった。念の為使い魔を飛ばして凛に連絡はしたけど、返事は無視しておいた。どうせいつも「帰って来なさい」ばかりだし、なんなら凛がここに来る口実にもなるから私は本当に若者に優しい。恋せよ乙女。


「なまえさん、今日はお泊まりですよね?」

「うん。一緒にお風呂入る?」

「だだだ、ダメなんですよそういうのは!?えっち!えっちです!!」

「…桜は私を男だと思ってる?」


女同士、別に見られて恥ずかしいところは無いと思っていたのは私ぐらいなのだろうか。ああ、高校生だからちょっとセンシティブな部分だったのかもしれない。これは私の配慮が欠けていた。ごめんねという意味を込めてその艶のある髪を一つ撫で、士郎の「風呂行ってこい」の言葉に遠慮なく風呂場へ向かった。一番風呂を譲ってくれるなんて、士郎はきっと良い主夫になる。湯船に浸かって茹だった頭でそんな事を冗談交じりに言ってみた。


「なまえのか?」

「真顔で冗談を…。士郎も成長した」

「うーん、俺は何時まで弟でいればいいんだ?」

「なまえ、濡れたままでは湯冷めします。シロウ、タイガが探していましたよ」


濡れた髪を放置していたらセイバーに窘められ、士郎は藤村さんが居るであろう居間へと向かった。角を曲がる背中を眺めていたらセイバーは小さくため息をつき、私の肩に掛かっているタオルで髪を拭いてくれた。自然乾燥はどうやら目の前の王様にはご不満らしい。礼を言えば、綺麗な笑みを浮かべて首を一つ振り、静かなまま「良い夢を」と早く寝るように促された。所作が綺麗だから本当に絵本の中から出てきた王子様そのものだと思いつつ、こちらもおやすみと返して部屋へと向かう。
凛の家に住み着く前に使わせてもらっていた部屋は埃一つなく、普段から士郎が部屋の掃除をしてくれているらしかった。私物もそんなに無い殺風景な部屋だけど、物で溢れるよりは何倍もマシだ。明日の予定としては服飾雑貨の収集とボトルシップ用の瓶を幾つか、とあるサーヴァントから頼まれている。調達屋じゃなくパシリ扱いしてないかと思いつつ、それでも料金が発生している為口を噤むしかない。ある程度の小物や布は用意しているけれど、あまり多過ぎても迷惑だろう。けれど、まあ、私にはセンスがなかった。


「桜、起きてる?」

「はい、起きてます。どうかしたんですか?」

「私には分からないから、桜の力を借りようかなと」

「えっと、お力になれればいいんですが…?」


寝巻き姿の桜に上着を羽織らせて、勝手に居間に並べた布や雑貨を見せる。分からないなりに色んな場所から仕入れた物だから、日本には無い色合いや柄物があって見てる分には楽しい。ただ少し集め過ぎてしまっただけで。桜は珍しそうに床やテーブルに並んだそれを見、肌触りを確かめるように手に取ったりして、うん、可愛い。凛も可愛いけど、桜は凛とは毛色の違う可愛さだ。


「依頼主からは「貴方の好きなものを持ってきなさい」って言われたけど、そういうの無いし。桜が選んだものを持っていこうと」

「え、でもそれじゃあ私の好きなもので、依頼主さんが言うなまえさんの好きなものじゃなくないですか?」

「桜が選ぶものなら私も好きだ」

「…でも私、なまえさんが選ぶもの見てみたいです」

「うん?今日の桜はいつもと違う」

「負けっぱなしじゃないです!」


勝ち負けがあったのかと思いつつ、少し赤くなった桜の頭を撫でて目を移す。色味鮮やかな布や釦、刺繍、レース、見ていて綺麗だと思うけどこれといったものはやっぱりない。桜は落ち着きを取り戻したのか、既に選別を始めていてやっぱり今日の桜は違う。もう適当に選んでしまおうかとため息を一つ後ろに手をつけば柔らかい布が指先に触れた。


「…、これにする」

「えっ」


振り返った桜に見せるように広げて見せれば、一度驚いた表情を見せたあと、直ぐに嬉しそうにはにかんだ。
翌日、ボトルシップ用の瓶を五つ準備して、桜の選んだ布や雑貨を手に柳洞寺へと足を運んだ。門前にいたアサシンに手土産だと羊羹とお茶を手渡し、案内されたキャスターの部屋で選別した布、小物、瓶を見やすいように並べる。


「良い装飾ね。このレースと布はセイバーの服に合いそうだわ。瓶は、コレの底がもう少し深いものってあるかしら?」

「今持ってきてる物は五つだけなんだ。もう少し時間をくれるなら要望通りの物を持ってくる」

「ええ、お願い。それで、貴方の好きな物はどれ?」

「これだ」

「……あら、思ったより良いセンスね」


薄い桃色の布は下に行くにつれて紫に変わっていて、手触りも滑らかで気持ちがいい。グラデーションが綺麗なそれはキャスターもお気に召したようで、布を広げて美しく微笑んでいる。


「誰と選んだのか直ぐに分かるわね。本当、貴方って単純だわ」

「…初めて言われた」


こんなに分かりやすいのにね、と余裕そうに笑うキャスターに少し腹が立ったので、調達料にプラスして少し多めに吹っ掛けてやった。


2020/05/22
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