■ 聞く耳なんてもちません

初めて出会った時からきっと始まっていたのだと思う。こちらに背を向けてマスターと話しをしている女の格好は、カルデアの制服ではなく室温管理がしっかりされているとはいえ、人間には少し寒いのではないかと言う室温でも上着を羽織っていなかった。見たことの無い女だなと思うと同時に、気配からしてサーヴァントでも無いだろうとマスターに声を掛ける。女の肩口から顔を出したマスターが笑って手を振り女に何かを告げれば、振り返った女が俺の姿をその目に写した。その目を見た瞬間に、俺は言葉も忘れて持てる力の限りを持って走り、女に手を伸ばし驚きの声を上げるマスターを視界の隅に、女の顔を覗き込むようにして顔を寄せる。


「ガンド」

「ぐっ」

「ななな何してんのアキレウス!?」


短い言葉ながらに効果覿面。目の前にある女に触れることは出来ず、マスターの狼狽える声を聞いていた。冷ややかとさえ思える瞳が何故か酷く劣情を煽る。大きく息を吐き出し、それが自分で思っていたより熱を帯びていて笑った。静かに俺の表情を眺め少しだけ距離をとった女は、不自然な体勢で止まっている俺を下から上へと見、やがて興味を無くしたように「後よろしく」とマスターに言って背を向けた。ああ、この女が欲しい。
それが俺となまえのファーストコンタクトだった。後からマスターに魔術師である事、調達屋をやっている事、いつかはカルデアを離れる事を聞いた。話を聞き終えてから先ずはなまえがカルデアを離れる前に仕込みが必要だと考え、どうするべきかと頭を悩ませていれば、何かを察したらしいマスターに「程々にね」とまあ制するつもりが有るのか無いのか分からぬ言葉を貰った。


「今日はここか」

「…貴方も飽きないな」

「諦めの悪い性分でな。まあ理解したなら受け入れて欲しいんだが」

「…ここは厄介なサーヴァントばかりだ」


カルデアにある資料室にて、とある本の頁を捲るなまえを見つけた。顔を上げることもせず、ため息をこぼすなまえの言葉に眉間に皺が寄るのが分かる。顔も見ないどころか他の男の話をされたのだ。機嫌が良くなるなんてことは有り得ない。後ろからなまえの顎を掴み上へと向けて、容赦なくその唇に舌を割って這入らせば舌を噛まれて思わず離れた。僅かに出た俺の血がなまえの唇に移り、舌の痛みも忘れ何とも言えぬ高揚感を覚える。


「舐めていいか?」

「良いと言うと思ったのか」

「そろそろ折れてくれるかと思って」

「ない」


顎を掴む手を払われ、払った手で唇を拭うなまえの隣に座る。眉を寄せて漸くこちらを見たなまえに自然笑みが浮かび、じぃっと見つめてやれば呆れたようにため息をこぼす。うん、その顔も好きだ。


「それで、何の用?」

「その質問、飽きないか?」

「本当に用事があった時に聞かなかったら困るだろう」

「まあな。んん、じゃあ名を呼んでくれよ」

「名前…?」

「ああ」


いつだったか、あの黒いアヴェンジャーから聞いた話。なまえはここカルデアにいるサーヴァントを名前で呼ばない。クラス名、若しくはその人物の肩書きで相手を呼ぶ。話を聞くまで気にはならなかったが、聞いた後では疑問と共に名を呼んでほしいと言う欲求が出てくる。それも好いた女からなら当然のこと。理由は分からないが、なまえは確実に俺達(サーヴァント)とハッキリ明確な線引きをしていた。


「何故?」

「なまえがこのカルデアで本人を前にして名を呼んでいるところを見たことがねぇんだよ」

「貴方が知らないだけで本人を前にして呼んでいるかもしれないでしょう」

「あー、まあそれもあるかもしれねぇけど。…あ?いや、それは腹立つな。とにかく呼んでくれよ」

「それは依頼?」

「そんな嫌か」


無表情で真っ直ぐにこちらを見るなまえにため息をこぼす。呼ぶつもりが全くない。俺がして欲しいのは強要されたものではなく、自らの意思で呼んで欲しいというものだから、依頼という言葉に大袈裟だろうが肩を落とした。実際そこまで嫌がるとは思ってなかったから諦めそうになる。


「不思議、というより疑問なんだけど」

「ん?」

「貴方、狩人の弓兵を慕っていなかった?」

「…嫉妬か」

「…貴方と同じ反応をするだろう槍兵を唐突に思い出した」

「大戦の時は慕っていたさ。まあだがその時の俺と今の俺は別物だからな?それは知ってるよな?」

「知ってはいるけれど、惹かれないはずがないと思って」


随分とまあ素直な表情だと思った。好意を寄せられる事に慣れていないのか、それか純粋に疑問なのか。残念ながらそれを直ぐに見極められるほど付き合いは深くない。目の前にある顔がどう見ても疑問でしかないと言うような表情に見えず、深くため息をついた、ところで。


「めっずらしい…、なまえがそんな複雑そうな顔してるなんて」

「…」

「あ、嫌そうな顔した」

「へぇ?」


鶴の一声ならぬ、女神の一声。なんの用があったのかは知らないが、物珍しそうになまえの顔を真正面から覗き込むようにして机に乗り上げるイシュタル。なるほど、表情が変わらないと思っていたけれどちゃんと表情を出しているんだな。理解した途端口角が吊り上がる。


「なまえ」

「なに?」


イシュタルの手によって頬を撫でられているなまえの目がちらりと俺を写す。どうにもこの女神様やらインドの女神様に対し、他よりも甘い反応になるのはつい先日知ったことだ。


「アンタのことをもっと知りたくなった」

「…物好きなサーヴァントばかり」

「サーヴァントになる奴なんて、みぃんなそんなもんよ。諦めなさいなまえ。私もこの後、用がなかったらアンタと居たかったのよ」

「お、なら俺の独り占めだな?」

「調子に乗るな!マスターに頼めばなまえは着いてきてくれるんだからね!」


わっと喚くイシュタルを宥めようと両手を上げて適当に言葉を選んでいれば、その様子を見ていたなまえは小さく笑みを浮かべた。まあ俺に対しての笑みじゃなかったし、多分察するにイシュタルの依代のやつに対しての表情の変化だったんだろうが。あー、まったく、意地でもその目を俺に向けさせたくなるじゃねぇか。


2019/07/16
聞く耳なんてもちません
(膨れ上がる欲が爆発する前に応えてくれよ)