■ 快楽だけのお遊びを始めよう

目が覚めた時に先ず目に入ったのは白い服。所々汚れが目立っているけれど、それが上等なものであろう事は理解出来た。ぶらりと揺れる自身の両足とぼんやりとする意識の中で考えるに、きっと男に抱かれている状態なのだろう。揺れる体に歩いていることを理解し、身動ぎせず半開きの目で周囲を伺うも場所は特定できない。痛む頭に目を閉じ、喉の渇きを覚えつつも意識はあっさりと黒に塗り潰された。
次に目を覚まし、目に入ったのは見知らぬ天井。さっきの男が連れて来たのだろうか。頭を傾け部屋の中を確認する。必要最低限の特筆すべき物は何も無いこざっぱりした部屋。宿屋か何かだろうか。


「──おや、おはよう。目が覚めたのか」

「……ぁ、」

「ああ、声は出さなくていい。今の状態じゃ、逆に喉を痛めてしまうからね」

「……」


コツリと靴音を立てて部屋に入ってきた男は、先程見た白い服と同じで。あまりにも美しい造形をした男だった。美しい笑みを浮かべながらベッド横の椅子に腰掛けた男は私を見下ろす。男の言葉通り、たった一言口から音を零しただけで喉の奥がひりつく嫌な感覚。素直に口を閉せば、その様子に笑った男が私の上体を優しく起き上がらせ、水の入ったグラスを差し出した。有難く受け取り喉を傷つけないように少しずつ潤していけば、痛みはようやく治まった。


「……ありがとう」

「ああ、思っていたよりずっと綺麗な声だ」

「そう」

「それに、夕陽を閉じ込めたように美しい瞳だ」

「……貴方の方がずっと綺麗だと思うけれど」

「ありがとう」


覗き込むようにして近付いてくる顔を避けることもなく、こちらもガーネットの様な煌めく赤い瞳を見つめる。背中を支えられている手と同時に顔も離れ、動揺すること無く椅子に座り直した男から窓の外へ視線を移す。平穏に豊かに暮らす人々の姿が見てとれ、蒼い空には平和を象徴するように白い鳥が数羽飛んでいった。
あまりにも退屈で、あまりにも刺激のない、とてもくだらない街だと冷めてしまう。目を覚まさなければ良かったと、ここまで連れて来てくれた男には申し訳ないが、そんなことを思ってしまった。


「お礼をしたいけど、何も持っていないの」

「お礼?」

「連れて来てくれたし、世話までしてくれた。それに対してのお礼」

「ああ、そんなこと。気にしないでくれ、俺は困っている人を放っておけなくてね。たまたま通りがかった所に君が倒れていたから見て見ぬふりはできなかったんだよ。ま、慈善活動みたいなものさ」

「……嘘なんてついて、私をどうしたいの?」


男が嘘をついていることは直ぐに気がついた。
私は気ままに世界を渡り歩く吸血鬼である。野宿だなんてほとんど毎日の事で、珍しく太陽の光が気持ちいいと思えて、直射を避けて少しばかり眠っていたのだ。まあ傍から見たら倒れていたように見えるだろうが、こんな女を態々連れて来るとは余程の物好きか裏があるかのどちらかだろう。一度目を覚ました時は敵意も殺意も感じなかったから何も言わなかったが、流石に嘘をつかれて警戒しないなんてことは無い。
きょとりとこちらを見た男は、唐突に笑い声を上げた。頭に響くからやめて欲しい。


「ハハハッ!!何も分かってない顔しといて、あっさり見破るなんて女優かよ!イイネ、ちょっと興奮した」

「そう、用がないなら帰っていい?」

「んん、まあ待ってくれ。実は俺、ある人が起きるまで暇を持て余していてさ。見たところ君、一人だろう?一緒に行動を共にしても?」

「その人が起きるまで傍に居てあげたらいいじゃない。私にメリットがない」

「メリットならあるさ。俺は鳥と人を合成した鳥人でね。態々艇を使わずともどんな島にもひとっ飛びってわけだ」

「嘘ばかりねお兄さん。人でも鳥でもない癖に。本当に、私をどうしたいの?」


にやにやと口角を吊り上げて笑う男に自然とため息がこぼれる。男の体が合成されたものだとしたら外面や匂いに少なからず出るはずだ。吸血鬼としての視力でも嗅覚でも全くそういったものが検知できないとなると、男が嘘をついているとしか思えない。吸血鬼の研究でもしたいのだろうか、それならば流石に無抵抗ではいられない。
ついた嘘が直ぐにバレる事は分かっていたのか、男の表情に動揺は見られなかった。するりと大きく無骨な手が頬を滑り、まるで愛でるような手つきで撫でられる。何がしたいのかと顔を上げれば、赤い瞳が鈍く煌めきを帯び、魅了かと理解した後で私もひとつ瞬きをする。例えられた夕陽の色から黄金色へと男の目に映る私の瞳の色は変化して、こちらも魅了をもって相殺に持ち込んだ。バチッと小さく音を立て霧散したそれに、赤い目を丸くして驚きを隠しもせず表情に出す男が似合わなさ過ぎて内心笑ってしまった。


「……今度は本当に驚いた。君、本当に何者だ?」

「知ってて連れてきたのかと。私は吸血鬼。それなりに歳をとってて、人間と違ってある程度のことは出来るの」

「吸血鬼!へぇ、本物を見るのは初めてだ!なぁ、生き血を啜るってどういう感覚なんだ?気持ちいいのか?ああ、気持ちいいのは吸血される方なのかな?眷属とやらは何人作ってる?」

「普通の食事で事足りるし、気持ちいいとかは聞いたことがないから何とも。あと眷属については面倒だから作らないようにしてる」

「なら俺はどうだ?」

「お断り」

「だろうと思った」


大袈裟に残念だと肩を落とす男は直ぐに前のめりになって私の瞳を覗き込む。黄金色はもう夕陽に変わっている筈だけれど。


「さっきも言ったけど、貴方の待ち人が起きるまで傍にいてあげたら。私、一人の方が好きなの」

「その人が起きるまでこちらも色々と準備があってね。一人が好き、じゃないなら俺と一緒にイこう。ナニをするにも一人より二人の方が愉しめるだろう?」

「人手がいると?」

「ちょっとだけな。あと本当に吸血鬼との行為がどんなものか試してみたい」

「……素直ねお兄さん」


呆れるほどに素直にそんなことを言うものだから警戒していた私が馬鹿みたいだ。まあどうせ何百何千と暇な時間を過ごすだけだろうしと数秒考え、するりとその首に両腕を伸ばした。薄い笑みを浮かべる唇に顔を寄せ、舌を伸ばせば当然のように絡められ椅子に座る男を引き摺り込むようにベッドに押し倒す。馬乗りになっている私の太股から足の付け根を優しく撫でるように大きな手が這い、もう片方の長い手が服の裾から腹を撫でた。


「分かった、付き合ってあげる。暇潰しの相手にはなるだろうし」

「ああ、俺にとっても愉しい退屈しのぎのパートナーになるだろうな」

「ところでお兄さん、幼女や老婆、又は獣とセックスした事は?ある程度なら変身できるけどどうする?」

「マジかよ。前言撤回。最っっっっ高に愉しく過ごせるパートナーじゃないか!」

「それで誰とシたい?」

「んー……、まあ先ずは君自身からだな。さあ、攻守交替だ。俺が先に君を抱く」


腕を引かれてベッドに体が沈む。唇を舐めて私を見下ろす男の目が細められ、近付いた唇は今度は触れるだけ。態とらしくリップ音を立てて離れた男に、手慣れているなぁと感想を抱きながら男の首筋を眺めていた。


「そういえば名乗ってないな。俺はベリアル。君の名前は?」

「なまえ。好きに呼んで、ベリアル」

「なまえか、ああ、名前も綺麗だな」

「……本当に物好きね」


呆れ半分で笑えば、ベリアルも口角を上げて笑みを浮かべた。その言葉がどうでもいいと思っているだろう事を会話の流れで理解して、慈しむように撫でるその手に身を任せて目を閉じた。


2019/12/07