■ 魂の光

調達屋さんという人がカルデアに滞在しているらしい。マスターやマシュから聞いたその人は、依頼すれば自分の何かを対価としてなんでも望むものを調達して来てくれるらしい。人間相手には金銭だけれど、私たちサーヴァントは金銭だけではなくそれ相応のもの、との事。良心的であると同時に、サーヴァント相手にする事を前提としたそれに少しばかり驚いた。以前もサーヴァントと交流する事があったのだろうか。


「見つけたのだわ…!!」

「…見つかってしまったのだわ」

「のった…!?」


食堂でうどんを啜っている調達屋のなまえを見つけて、思わず大きな声が出てしまった。というのもなまえと顔を合わせること自体ほとんど初めてのようなものだから、本当に居たという思いとやっと会えたという思いで胸が高鳴るのだ。
マスターの驚いた様な声に少しドギマギしつつ、ずいっとなまえの顔に自身の顔を近付ければ、少しだけその表情が柔らかく緩んだ気がした。私が依代にしているこの体の持ち主ときっと何処かで縁があるのだと知る。


「お願いがあるの!」

「うん。私に出来ることなら」

「地上の光を見たいのだわ!」

「え、プラネタリウムとかはダメなの?」


マスターの言葉に首を振って否と返す。聖杯から与えられた知識にあるプラネタリウムもそれは素敵なのだろう。けれど私が見たいのはあの特異点でマスターと見たような輝く星のような光で。カルデアからの許可が下りない限り、私(サーヴァント)はここから出てはいけない。強行突破はできるだろうけど、そんな事をしてマスターやカルデアの人達に被害が出てしまってはいけない。
困ったような顔をするマスターとは違い、なまえはうどんの入った器をじぃっと眺め、暫く逡巡した後にこくりと一つ頷いた。


「分かった。場所はどこでもいい?」

「マスターの住んでいたニホンがいいのだわ!」

「…うん、じゃあ私の好きな景色を見せてあげる」


引き受けてくれたそれが嬉しくて、口角がゆるゆると持ち上がるのが止められない。マスターの前だと言うのに気持ちが抑えられないなんて、恥ずかしい、けれど、どうしても緩んだ表情を引き締めることが出来ない。
なまえの食事も終わり訓練があると言ったマスターと別れ、招かれたのはなまえに宛てがわれたカルデアの部屋で。ベッドに座らされ、そわそわと意味もなくあたりを見回す。マスターの部屋も物があまり置かれていなかったけれど、なまえの部屋は本当に何も無い。唯一あるとすれば、彼女が持ってきたらしい大きな荷物が一つだけ。あの雪山をこの荷物一つだけ。


「なまえはいつニホンに帰るの?」

「…そうだなぁ。立香くんが「もういいよ」って言うまでかな。それまではここに居るつもり」

「マスターの事だからきっとそんな事言わないのだわ」

「かもしれない。けどまあ万が一ってのがあるからね」


どこか遠くを眺めているようななまえに首を傾げつつ、荷物の一つから取り出してきたものを私に差し出す。色とりどりの丸いガラス玉のような物を見てなまえを見上げる。「好きなものを食べてくれ」言われるままに紅玉を選び口に放り込む。程よい甘さとカラコロと歯に当たって軽い音のするそれ。飴玉だったかと思い出していれば、そっと私の頬を包むように両手が伸び、なまえの顔が近付く。火が出るんじゃないかというぐらいに熱くなった顔を気にせず、額を合わせたなまえは小さく何事かを呟いて、唐突に意識が途切れた。


「目を開けて、あまり長くはいられない」


高くも低くもない淡々とした、でも何処か柔らかい声にはっと目を開く。眩い部屋の明かりはそこになく、目に映るのは下からの光と暗闇だけで、すぐに夜なのだと頭は理解した。吹く風と共に自分の髪が宙を舞い、思わず手で抑えて目の前で薄く笑うなまえを呆然と見る。転移の魔術、いやそれこそ数百以上離れた場所への大移動なんて事は魔法の域になるのではないか。


「貴女の望むものだ。しっかり心に刻んで欲しい」

「え」


そうして私の背後を指差すなまえに従い、背後を見て息を呑む。


「───、」


地上に星があった。何千と輝く小さな光がそこかしこに。夜景というものだと頭では理解していても、実際に目にすると衝撃を受ける。この光のもとで、同じく何千という人々が暖かく暮らしているのだと、そう考えると何故か泣きそうになる。言葉もなく釘付けになりなまえの言葉通り、私はその光景を目に焼き付けるように心に刻んだ。


「なまえ」

「ん?」

「ありがとう」

「…うん、どういたしまして」


時間にすれば短い、けれど鮮明に思い出せる程には充分な時間。機会があればまた、と呟くような言葉に振り返ろうとして意識が遠退く感覚。そうしてここに来た時と同じように、私はまた唐突に目を閉ざした。
目覚めた時、困惑したような顔をしたマスターと薄く笑みを浮かべるなまえが、ベッドに寝転ぶ私を覗き込んでいて恥ずかしかった。


2019/03/04
魂の光
(アレは私の記憶なんだと笑う彼女は、とても優しい顔をしていた)