■ 向日葵の花を両手に抱いて

とある休日の晴れた一日。何処も彼処も家族連れやデートを楽しむ人達ばかりで、人混みが苦手な私にとっては少し億劫になっていたそんな時。立ち寄ったスーパーにて、ため息を零しながら野菜を見ている桜の姿に気付いた。背中を向けているから私に気付いてはいないようで、トマトを手に取りまた一つため息。それをしばらく眺めてから元の場所に戻してもう一つため息。ため息の頻度が多すぎやしないか。そんなに値段が跳ね上がったのだろうかと桜の後ろから値札を見やる。


「買ってあげようか」

「うひゃぅっ!?」

「痛っ…、ああ、ごめん。驚かせたね」

「なまえさんっ!ごめんなさい、ビックリして…」


突然声を掛けられたからか、大きな声を上げて振り返った桜の髪が鞭のように私の顔面に叩き付けられた。うん、予想以上に距離が近くなっていた事には私も反省しよう。わたわたと慌てる桜を落ち着かせるためにその頭を撫でてやれば、少し嬉しそうにその可愛らしい顔が綻ぶ。
静かに話ができるようにと近くの喫茶店へと移動して、アイスコーヒーとミルクティーを注文した。


「士郎とまた喧嘩でもした?」

「いいえ!先輩は関係ないんです!」

「ふーん?」

「…ホントですよ?」


私の言葉に少し不安を滲ませてそう言った桜を困らせるつもりも無かったので潔く納得する。ため息をの理由を聞けば、少しだけ躊躇うように視線を泳がせた後、桜は少し疲れたような顔で口を開いた。


「ちょっと最近、色んな事があって考え過ぎてるんです」

「へえ、色んな事」

「ですので、これが特にっていうものではないんです」

「そう」


その割には随分と疲れた顔をしているなぁなんて思いはしたものの、何も言わずに桜の顔を眺める。よく見れば隈ができている気がする。薄められたそれは化粧かなにかで隠しているらしく、化粧を落としたらもう少し濃い色なのかもしれないと思うと内心ため息をつく。私は凛に優しいが、桜にも勿論優しいのだ。


「今から遠出しよう」

「へ?」

「桜と行きたい場所が出来たんだ」

「行きましょう!」


私の言葉が言い終わるか否かで食い気味に被せてきた桜に思わず笑ってしまう。士郎とは比べ物にならないだろうけど、私も存外桜に好かれているなぁなんて、自惚れが過ぎるだろうか。
一応時間に余裕があるかを聞いておいた。夕食の時間に間に合えば大丈夫らしいけど、まあ万が一過ぎてしまっても士郎がいるし何とかなるだろう。そわそわと落ち着きのない桜の手を引き、目的の場所へと向かうために電車に乗り込んだ。


「植物園、ですか?」

「そう。依頼人にパンフレットを貰ってさ、息抜きにどうかって言ってくれたんだけど。一人じゃ物足りないなと思って」

「でも、私がいてなまえさんの息抜きになりますか…?」

「私は桜と一緒に来たいから誘ったんだよ」

「そ、そういうのは…、軽く言うの、ダメだと思います…」

「ごめんね?」


反省してませんよねっ。少し膨れた頬をしてこちらを向く桜の手を取り、さっさとゲートを潜る。入園料も払って短い廊下を歩いた先の扉を開けば、あっという間にそこは色とりどりの草花で溢れていた。年中部屋ごとに一定の気温で設定されているそこは、季節に合わせた花が目に優しく映り込む。思っていたよりも凄い。ふと桜を見れば、驚いたように目を見開かせてゆっくりと園内を見渡していた。掴んでいる手を離せば、ハッとした様にこちらを向く。


「気に入った?」

「…はい。凄く、綺麗です。ごめんなさい、月並みなことしか言えない…」

「素直な感想が一番だ。硬苦しい言葉よりも分かりやすい」

「なまえさん」

「うん?」


心地好い温かさと多種多様な花に囲まれて、桜はふわりと柔らかく笑った。


「ありがとうございます」

「…うん、どういたしまして」


なんというか、まあ、桜が可愛かったので、植物園で売っていた押し花までプレゼントした。それを大事そうに両手で持って笑う桜の頭を優しく撫でてやった。


2019/01/21
向日葵の花を両手に抱いて