■ 平々凡々な日々の話
士郎の家でご馳走になり、帰るのも面倒になってそのまま泊めさせてもらった朝。机の上に置かれた綺麗にリボン結びにされたその長方形のものに気付いたのは、少し遅めに起床して顔を洗ってようやく頭を覚醒させてからだった。持ち上げるとまだほんのりと温かく、持って行ってやらないとなぁなんてぼんやりと午後からする依頼内容を無理のないように変更していく。まあ期限を要求されていないものばかりなので、全て明日に回してしまってもいいけれど。
私のために作ってくれていたらしいご飯を平らげて、食器を片付けてから身支度を整え外へと出た。まだ10時だからか、いつもより幾分かすっきりとした気温である。
「衛宮士郎の忘れ物を届けに来た親戚なのですが」
「暫くお待ちください」
校内に入る前に係りの者から入校書を受け取り、士郎が居るであろう教室の案内板を見上げる。学校なんて何年ぶりだろうか。懐かしい雰囲気に辺りを見回しつつ、通り過ぎる生徒達の視線に内心苦笑した。タイミングが良いのか悪いのか、丁度今は三限目と四限目の間の休憩の時間らしい。覚えたばかりの地図を頭の中で広げつつ、士郎の教室を探して歩く。
「え、なまえ?」
「…おはよう、凛」
「おはよう、じゃないわ。何でここに…?」
「士郎の忘れ物を届けに。教室、知ってる?」
「衛宮くんの?」
驚いたような顔で私に声をかけてくれたのは凛で、丁度いいとお弁当の入った袋を持ち上げる。そうか、確か士郎は凛と桜と同じ学校なんだった。すっかり忘れていた。後で桜の所にも顔を出してみるかなぁなんて考えつつ「こっちよ」と背中を向けた凛の少し後ろを歩く。
「昨日は帰って来ないから何かあったのかと思った」
「ああ、連絡するの忘れてた。士郎の家でご飯食べたら帰るのが面倒になったんだ」
「使い魔でアーチャーを呼べば直ぐに迎えに行ったのに」
「帰る為だけに呼ぶってアッシーくんかな?」
「アッシー?」
「おっとジェネレーションギャップ」
こんな所で年齢の差というものを見てしまった。まあ私も本物は見た事ないんだけれど。知らない人は調べてみるといい。気にしないでと凛の頭を撫でてやれば、顔を真っ赤にして「ここではやめて」と手を掴み降ろされた。周りの目を気にしてるんだろうなぁ、士郎が遠坂は猫被ってるって言ってたし。振り払わないだけ私は凛に懐かれているんだろう。
「じゃあ家に帰ったらいっぱい撫でてあげようか」
「なっ、そっ、は!?」
「いや?」
「べっ、つに!!嫌とは言ってないでしょ!」
「ん、帰ってからね」
「…遠坂に、なまえ?」
出来るだけ小声で声を張り上げる真っ赤な凛を見下ろしつつ、背後からかかった声に振り返る。丸い瞳をさらに丸くして驚きの表情を浮かべる士郎にゆるく手を振った。
「どうしてなまえがここに?」
「忘れ物を届けに。お弁当、忘れて困るのは士郎だろう」
「え、嘘、俺忘れてたか!?」
「これ、士郎のでしょう」
紙袋を覗き込む士郎はうわっと声を上げるのを見て、間違いじゃなくて良かったと胸を撫で下ろす。セイバーに届けてもらうのもアリだったかなと思いながらも、凛の珍しい猫を被ってる姿も見られたしまあこれはこれで良かった。
「ありがとうなまえ、助かる」
「ん、じゃあ私はもう帰るから。凛も、案内ありがとう」
「どういたしまして」
「お礼と言っちゃなんだが、今日も家で何か食べていくか?」
「断る」
「…何で遠坂が答えるんだ」
にこにことお弁当を提げて言った士郎に言葉を返す間もなく、何故か凛が断っていて目を丸くする。士郎も同じように目を丸くしていて、凛はその前でふんっと鼻を鳴らして私の腕にその細い腕を絡めてきた。周囲に人がいないからって猫を被らなくていいというのも違う気はするけれど。
「昨日は衛宮くんに譲ってあげたんだから、今日は返してもらうわ」
「ごめん、士郎。こうなると凛は何を言っても聞かないから」
「…うーん、分かった。じゃあ今日は、諦める」
バチリと士郎と凛の間で火花が散ったような気もするけれど、私には関係ないとスルーすることに決めた。今までの経験からして、無闇に訳の分からないいざこざに顔を突っ込むべきではない。何やら拗ねているらしい凛の頭を撫でてやれば、無言で腕に絡められた力が増した。
2018/09/21
平々凡々な日々の話