■ 僕を拾った人間の話
今から話すのはとある男の聞いても何ら得のない、寧ろ意味すら無いんじゃないかという話だ。本編では一切関係のない、は言い過ぎたけど、まあとある視点からの話だと考えてもらえればそれでいい。
まず話すに必要なので覚えて欲しいんだけれど、俺の事は死神で猫だと覚えていてほしい。いや無理に覚えろとは言いませんけど。俺の真名とはまた違う名前が付けられる前、猫又として生きていた僕はある村で虐待を受けていた。まあ虐待って言ってもマゾヒズムにも引っ掛からないレベルの幼稚なものだったんだけれど。うぜぇと思ったら少しだけ寿命をチョロまかして吸い取っていたんだけれど、そんな俺を助けてくれた女の子がいたのだ。それがこの話の主要人物になるなまえなんだけれど、その頃にはもう悪魔であるおそ松は憑いていたし俺を見るや否や心底面倒くさそうに、鬱陶しそうに眉を寄せていて、お互いの第一印象はゼロを通り越してマイナスだったと思う。それは現在もあまり変わってない。
「紫の毛並みなんて珍しい」
「にゃー(ちょ、そんな間近に顔を寄せないでほしい発火したらどうすんだオイ)」
「ん、今日からお前は私の猫になるんだよー」
「にぃ(待って路地裏から女の子の家に移るとかいきなりハードル上がり過ぎでしょ。高低差が激し過ぎて死にそう。死神だけど)」
傷だらけだった俺の体を、傷に響かないようにとタオルに包んで拾ったなまえは、僕の手当をしてからたっぷり真剣に悩んだ後で「紫だからヴィオにしよう」と安直な名前をつけてくれた。俺はその日、ヴィオになった。
魔法使いだと言う若干女々しそうな男からもらった薬で傷は塞がったものの、痕が残ったそれに悲しそうに眉を下げたなまえを見て何だかむず痒くなった。人間からの好意に疎くなっていた俺は、それが嬉しいという感情だなんて気付きもしなかったのだ。
「……なにしてんの?」
「にぎゃぁぁぁ!」
「暴れない暴れない。一緒にお風呂入るだけ。汚れは落とさないとね」
「に゛ゃあ゛ぁぁぁ!(腐れ悪魔何してんだボケェ!さっさと止めろぉ!俺がどうなってもいいのかオォン!?風呂血まみれになるぞオォン!?)」
「あー、なまえ。ほら、猫って水遊びが嫌いな奴とかいるからさぁ、ほんと、やめてやって。俺も見てて可哀想になってくるから」
「え?そうなの?」
完全に引いた表情で文字通り鳴き喚く俺を見下ろして、なまえをそれとなく止めようとする悪魔。コイツ、案外良い奴じゃねぇか…。だからといって印象がマイナスから出ることは無いけれど。
何とか俺と一緒にお風呂に入るなんて言う暴挙を食い止めはしたものの、やはり汚れが気になるのか全身を隈無く濡らしたタオルで拭かれた。それはもう、全身を、隈無く、触られた所が、無いだろうと、思うぐらい。
「にゃぁ…(もうお嫁に行けない…)」
「逆ラッキースケベじゃん。人型になった時に責任取ってもらえよ」
「にっ、オォン?(え、いいの?)」
「冗談に決まってんだろ。たかが死神風情が調子乗んなよ」
やっぱりこのクソニート悪魔嫌いだ。笑っているくせにこんな気弱な猫一匹に対して今にも殺さんと言わんばかりの殺気を向けてくる。まあ俺もただで殺されるつもりはありませんけど。名前を貰ってるんで生涯なまえから離れるつもりは無いし、例え死んでもその魂は俺が責任取って預かるからこんな悪魔に殺られはしませんけど。死神を舐めてもらっちゃ困る。
「その猫くんは名前で呼んでいるのに?」
とある街からやってきたという胡散臭い神父に内心眉を顰め、なまえが当然の様に「大切な子」と言うから擦り寄ってしまった。頭を撫でるその手を甘受して、ふと彼女の前で俺を凝視する男に目を向ける。このカラ松とかいうクソ神父、確実に俺が何であるかを見抜いていた。まあクソ神父が何を言ったところでなまえが信じるはずもない事をこの数年で理解している。なまえは無意識下で他者に対する信頼関係等を見下して、人を寄せ付けないようにしていた。
「なまえに悪さをしている訳では無いようだ。うん、なら俺も何も言わないでおこうか。あの悪魔の牽制にもなるだろうし」
「…(うぜぇ)」
「聞こえているからな?」
「なぉん(くたばれ神父)」
「ふっ、今ここでくたばる訳にはいかない。俺はなまえと共に生きるという使命を預かっているのだからー!」
「に゛っ(死ね)」
あまりにもウザ過ぎたので寿命を削り取ってやろうとして力を使ったけれど、退魔力が強いのか死神である俺の力が全く効かない。なんだコイツ本当に人間かよ。ギリギリと歯軋りをしている俺を置いて無駄にキメッキメなポージングをする神父ときたら、本当に何でこんな奴が神父なんていう役職につけたのやら。コイツの上司は皆揃って頭が沸いているに違いない。絶対そうだ。
それはそれは遠い昔、なまえは悪魔だったらしい。悪魔となまえの話をこっそり盗み聞いて、俺は憶測というかきっとそうなんだろうなぁと言う過程を立てた。まあ、だからどうしたという話なんだけれど。今のなまえの魂は俺が殆ど握っているも同然だし、悪魔が取ったという記憶の欠片とかそんなものは別に無くたっていい。だってそれは過去のものだ。
「…なぁご(めんどくせぇ悪魔だな)」
「こんなに可愛い鳴き声なのに言ってることがクソ生意気!!」
「一人でなに言ってるの」
なまえが記憶の欠片だというアレを悪魔から取り返そうが、そのままでいようが、俺はなまえが変わらず人間のまま生きてくれれば関係ない。だから悪魔であるおそ松が何を言おうと、神父であるカラ松が何をしようと俺の優位性は変わらないのだ。そのことに気付いているのかいないのか、アイツ等はいつか俺の事をどうにかすればいいと思っているようだが。まあ気付いていないのなら手早くなまえの魂を手中に収める計画を進めていこう。
2019/12/11
一匹の変わった猫のお話