■ 君が知らない昔話

「うん。知ってるよ」

「なっ、んで、教えてくれなかったんですか?」


呪いも終わり先日聞いた話を女神様に話せば、女神様は至極あっけらかんと頷いた。言葉に詰まりそうになりながら問えば、首を傾げて「言う必要ある?」と本当に不思議そうな顔で私を見下ろす。


「今のなまえはただの人間でしょ。僕らとは異なる存在だ。まあ珍しいケースだけど、天使や悪魔だってこの世界に転生して人間になることはあるからね。その際に人の転生とはまた違って色んな契約って言うか、規約が必ずあるんだけど。まあとにかく人間になったなまえに言うべき事ではないかなと思って」

「…カラ松さんが記憶があるって言ってましたけど、それはその規約とかに関係があるんですか?」

「…僕が教えていいのか分からない所だから、そこら辺は本人に聞くといいよ」


頭を数回撫でられて「今日は送れるからね」と私の隣を女神様が歩く。あまり考え過ぎないでいいからねと零して、手を振って送り出してくれた女神様に一礼して森から出る。
私の肩で伸びているヴィオの頭を一撫でして起こしてやれば「なぁ」と一声鳴いて、頬に擦り寄ってきた。可愛いなぁ。


「この泥棒猫、なまえから離れろっつーの」

「それ本当の猫に言ってどうするの。いいよヴィオ、好きなだけ肩なり膝なり頭なり座ってなさい」

「もー、なまえはその猫に甘過ぎ。僕といる時はちゃんと僕に構ってくれないと困る」

「いつからトド松はそんなに構ってちゃんになったの」


ヴィオの薬を貰いにトド松の家に赴けば、不貞腐れたような顔で薬を目の前に突き出される。苦笑しつつそれを受け取り、トド松が用意していた紅茶とお菓子が並べられたテーブルを眺めながら椅子に座った。そこで私はこれまでの事を話しながらお菓子をつまんでいれば、トド松は驚いた様子もなさげに「ふぅん」と紅茶に口をつけた。


「驚かないの?」

「現実味が無さすぎて。あー、でも天使や女神は視えるから現実もくそもないな」

「…確かに信じられない話ではある、よね」

「なまえはさぁ、もし前世?が悪魔だったとしてどうするの?もう一度悪魔になって、この村の人間に復讐でもする?」


面白そうだけど僕(友人)は巻き込まないでね。そう言って緩く笑ったトド松に、曖昧に笑って頷いておいた。ヴィオが「にゃあ」と一つ鳴いて、分かれた尻尾で私の腕を撫であげる。もしや気遣っているのだろうか、本当に不思議で賢い猫だ。


「この間はすみませんでした」

「え、僕気にしてないよ!大丈夫だよ!あ、貰った梨すっごく美味しかった!」

「良かったです」


トランプタワーを作っていたらしい天使様がパッと顔を上げて、私に笑顔を見せてくれて安堵の息が漏れた。勢いよく首を横に振って私の言葉を否定した天使様は、話を逸らすように先日の捧げ物へと話を変える。少しだけ申し訳ない気持ちになる。以前のような澱んだ感情は湧かなかった。


「そっかぁ、教えてもらったんだねぇ。なにか覚えてたりする?」

「いえ。でも、嘘だとは思ってないです」

「うん。嘘じゃないよ。本当はカラ松兄さんとなまえがくっつくかなぁって思ってたんだけど、まあ色々あったしねぇ」

「…天使様、カラ松さんの弟さんだったんです?」

「んー、そんなところ!」


ニパッと笑って曖昧な返事をした天使様にこれ以上は聞けなかった。けれど、なんと言うか、そうか、悪魔だった私と天使だったカラ松さんはそんな仲だったのか。ううん、興味はあるけれどカラ松さんや赤目の悪魔に聞くのは少し気が引けるというか。というかカラ松さんには聞けないだろう。あんなに堂々と好意を表されてしまっては、まともに話もできないというか。


「なまえが望むなら、悪魔だった頃の記憶あげてもいいよ?」

「そうなの?」

「本来ならゆっくりじわっと思い出してもらって、体がこれに耐えられるくらいまで待つつもりだったんだけど。今渡してなまえの好きにしてもらってもいいかなぁなんて、ね」

「悪魔だった私と仲が良かったんだよね…。前に聞いた話では」

「うん」


私の家で行儀悪くテーブルの上に座りつつ、懐から取り出した手のひらサイズの瓶を眺める悪魔は表情を変えずに頷いた。瓶の中身は恐らく私の記憶というやつで、まぁるい玉が淡く光っているようにも見える。


「本当はね、お前がちーっちゃい頃になまえの意思も何も関係なくぶち込んでやろうと思ったんだけど」

「え、怖い」

「その時さぁ、なまえが俺見て「なつかしいかんじがする」とか舌っ足らずに言ってきてさぁ!」

「うわ恥ずかしい、本当にいつの話」

「…その頃から俺、もうこのままでもいっかなぁって思ってたんだろうね」


たはー!恥ずかしい!と茶化すように笑った悪魔に何処か既視感を覚えたけれど、そう、それだけなんだ。私は彼の事を知らない、けれど何となく知っている程度ではある。それはカラ松さんにも言えることであって、会ったことも話したことも無いけれど、何故か知っているという不思議な感情はあったのだ。
手のひらの上に乗せられた瓶と悪魔を交互に見て、どうするべきなのかと悩む。蓋を取ればこの淡い光を放つ記憶とやらは私に戻るし、そのまま女神に預けても構わないと悪魔は言った。私の判断に任せると。


「なぁ、なまえ」

「うん」

「おそ松って呼んで。敬称とかいらねぇから」


恐らく悪魔の名だろうそれを静かに言葉にすれば、私を見下ろすその赤い瞳が少しだけ揺れて、その表情が嬉しそうに綻ぶ。そうしておそ松は鼻の下を擦って「なんか照れる」と歯を見せて笑うのだ。


2018/05/10