■ 彼が憎いわけじゃない、ただ、殺してしまいたくなる。

多分、あまり顔を合わせようとしなかったのも問題だったと思う。彼と同じ顔をしたオルタは、姿形は同じだったとしても性格がまた違っていたからあまり抵抗は無かった。
蒼い外套を羽織る男と鉢合わせして、思わず踵を返してしまったのが始まり。声を掛けられ、それが私を呼んでいたのは分かったけれど、振り返りもせずに、まるで気付いてないという風を装ってそのまま廊下を引き返した。歩くペースは先ほどよりも速く、靴の音は間隔も狭まりよく響く。


「おら、呼んでんだろ。逃げてんじゃねぇよ」

「こんにちは、ケルトのドルイド様。何か用?」


目の前で一瞬炎が爆ぜて、思わず足を止めた。足止めにしてはやり過ぎじゃないかと、ため息をこぼして顔だけ振り返る。フードを目深に被ったキャスターは、影と相まって暗い表情に見えて、その紅い瞳は私を写していた。ランサーの彼とはまた全然違う雰囲気だなぁと思いつつ彼の言葉を待つ。今日はカルデアのスタッフに依頼品を届けに行く日だ。手短にしてほしい。


「俺やランサーを避けるのには理由があるんだろうな?」

「ある」

「ハッキリ言いやがって」

「理由は言った方が?」

「ああ、聞かせろ。納得したら放してやる」

「そう」


冷淡な素振りから不服そうな顔をして、杖を抱え込みつつ腕を組んだドルイドに体ごと向き直って見上げる。見下ろしてくる紅い瞳は、ランサーの彼とはまたほんの少し違った色をしていて、それも素直に綺麗なものだと感心できた。
理由はあると言ったものの、それを言って彼がそうかと納得するわけがないと頭を悩ませる。彼が納得したら解放してくれるのが条件とは、まあ、随分と難しい条件を出してきたものだ。簡単に引き下がる素振りを見せるなら、そんな事は言わないはずだろうから。どうしたものかと紅い目から逃れるように視線を外して息をついた。


「英霊は全ての記録を記憶してるわけじゃない。細かいものなんて特に」

「まあ、そうだな」

「ランサーの貴方と少し関わりがあったんだ。とある聖杯戦争で、ちょっとだけ」

「ああ」

「私は覚えてる。けど、貴方達が覚えてるとは限らない」


親指と人差し指でわかり易く、少しだけというのを強調してやる。表情に変化は見えない。
この世界で過去から現在、はたまた未来にかけて、どんな聖杯戦争があったかなんて私は詳しく知らない。その度にどのサーヴァントが呼ばれ、どんな物語が彼らの本霊に記録されているのかなんて想像もつかない。私はある一つの聖杯戦争で彼と関わり、それは貴重な体験をさせて貰ったのだけれど、サーヴァントからすれば数多くある内の一つである。覚えていない事の方が多いだろう。しかも私は只の調達屋でマスターでも無かった。だから私は、目の前に佇む男と顔を合わせるのは極力避けていたのだ。


「あー…、なんだ、なまえ、お前」

「?」

「寂しいってやつか?」

「違う」


口元を抑えて多少血色の良くなったドルイドに眉を寄せる。勘違いするなと罵りそうになって抑えた。そういう所はランサーの彼とそっくりである。


「私だけ覚えていて、貴方に記憶が無いとする。気軽に話しかけて、混乱されても困るじゃない」

「いやぁ、そう言われてもな。なまえが寂しいと思ってんのと変わりねぇだろ」

「だから、」

「まあ記憶して召喚されるサーヴァントの方が少ないわな」


頷いたキャスターに言葉を閉ざす。分かってもらえたなら私が何を言う必要も無いだろう。ふと何かを考えるように顎を擦るキャスターに首を傾げ、もう用は済んだのかと問えば「いや」と紅が細められた。伸ばされた指先が頬を滑り、数回撫でられ、髪の下を潜った指は耳朶を引っ掻いた。やめて欲しい。手を払って逃げようかと考えて、また先程のようなことをされて捕まったら面倒だとため息がこぼれる。


「そういう反応は変わらねぇのな」

「……騙したな?」

「記憶に無いと言ったか?」

「意地の悪さは前以上だ」

「知らなかったか?俺は気に入った奴にはこうだ」


細められた目がどうにも居心地を悪く感じさせ、その手を掴んでやめさせる。代わりというように掴んだ私の手を握ってくるキャスターに、諦めに似た感情が浮かぶ。いつかの聖杯戦争の記憶を持っているのなら、遠慮なんてものは必要ない。


「よう、槍持ってねぇ方の俺。その手、離してもらおうか」

「よう、槍兵の俺。"俺"の記憶と共有してんだ、そう言われて俺が離すと思うか?」

「喧嘩するなら外でして」


カルデアでは初めて顔を合わせたランサーの彼が薄く笑い、嫌な笑みだと背筋が粟立つ。同じ顔が揃うのを見るなんて、しかも神性を持つ彼等だからか、余計に壮観に思えた。面倒事から逃避行しかけた頭を緩く振って、先程私とキャスターが鉢合わせした廊下の角に立つランサーを見る。もうこの際、記憶があるもないも興味無いから解放してほしい。私は依頼品を届けに行かなければいけないのだから。
立香くんとダ・ヴィンチちゃんに言って、暫くカルデアから出させてもらおう。彼等はここから離れられないから丁度よかった。面倒ごとは嫌いなんだ。


2018/05/26
彼が憎いわけじゃない、ただ、殺してしまいたくなる。
(同じ存在ほど邪魔なものはない)