■ 亜久里に好意を伝えてみる

500mlの午後茶片手に本でも読もうかと教会の外にあるベンチに赴けば、楽しそうというよりは退屈そうな顔でベンチに座って外を眺める亜久里くんを見つけた。強者を目にした時のあの獣じみたギラギラとした目は、今はゆうるりと細められていて小さじ程度の優しさが垣間見得る気がしないでもない。あの攻撃的な目は好きじゃない。怖いから。
だからか、普段滅多に見られないそんな姿にポロッと言葉がこぼれた。


「好きだなぁ」


弾かれたようにこちらを向いた亜久里くんに口を覆うも後の祭りだった。大して近くもない距離なのに私の声を聞き取れたのは周囲が静かだったからだろう。とはいえ、少し離れた所で坂水くんとケイタくんが遊んでるから静まり返っている訳では無い。現に二人共気付かぬ様子で遊び続けているし、別段声が大きかった訳では無いのだ。何故気付いた亜久里くん。
なんとも言えない気まずい空気が私を襲う。逃げるが勝ちと頭に過ぎりくるりと反転、再び教会内へと足を踏み出せばカタリと背後で聞こえた音。いやいやいやいや、流石に私も自意識過剰が過ぎてるな。たかがそこら辺の女が発した言葉に引っかかりを覚えるとか何処の輩だよ全く、いい加減にしなさいってねハハッ。大体私も何が「好きだなぁ」だよ。ポロッと言っちゃってんじゃねーよお馬鹿。告白するならもっと場所を考えろとか、雰囲気の良い時にするもんでしょ。何こぼしちゃってんの。私のお口はゆるゆるか、締まってこーぜ私のお口。


「待て、なまえ」

「ぎえええ」

「失礼にも程があんだろ」


思いの外近いところにいらっしゃった亜久里くんの声に押し潰された様な声が出た。恐る恐る見上げれば呆れた顔をする亜久里くんがいて、さり気なく距離をとる。すぐバレて顔を顰められたので慌てて元の場所に戻った。慌て過ぎてさっきより近くなったけど、亜久里くんの顔は嫌そうじゃなかった。どうやら私の反応はお気に召したらしい。私は内心ガクブル状態ですけどね。亜久里くんが何に対してお怒りになるかまだ全然毛程も理解出来てないから迂闊な事は言えない。助けて私の聖母様ミハル。


「あわわわわ私に何か御用ですかっ」

「御用はなまえがあったんだろ」

「いやそんな恐れ多いこと考えないっす」

「さっきの好きって何のことだ?」

「ああああああ」


バッチリ聞こえてるのに知らないふりするのいけないと思います。教会の扉と亜久里くんに挟まれてる私が顔を覆って叫べば五月蝿いと軽く小突かれた。地味に痛い辛い。このまま何も言わずに乗り切ってやろうかと考えていれば、亜久里くんは何を思ったのか私の首を掴んだ。血の気が引いたってこういうことを言うんだなという気持ちと、殺されるという恐怖が入り混じって体が震える。添えられた程度の力加減だったけど、私は本気でこのまま首の骨をへし折られるんだと思った。まだ駅前にある有名なシュークリーム食べてないのに。無念。


「で、何だよ?」

「む、」

「む?」

「無念」

「折るぞ」

「亜久里くんが好きですっ!」


叫ぶ私にニィッと口角を上げる亜久里くんの愉快そうなこと。まさか脅迫に近い形で告白させられるとは、こんな形での暴露になるとは思わなんだ。私が何をしたっていうんだい。


「そーかそーか」

「あの、あの、首、手、その」

「んぁ?」


気怠そうに首を傾げる亜久里くんが、何言ってんだこいつみたいな目で私を見てきてあまりにも理不尽だと思った。首と手しか言ってないけど流石に分かるよね。首掴んでるんだから分かるよね。怖すぎて言葉に出来ないのがわからないのかな!分からないよね!弱虫の気持ちとか分かんないよね!


「ああああのっ、折るのだけはやめてくださいっ」

「いや殺さねぇよ」

「いいいやでもっ、亜久里くん興味本位でポキッといっちゃいそうだし」

「なまえの中で俺ってそんな感じ?」


好きじゃねぇのかよと不満気な顔をする亜久里くんにコロッと騙されそうになって、内心慌てて違う違うと言い聞かせる。亜久里くんは多分これ面白がってるだけだと。好きな奴に首折られる気分がどんな感じか気になるだけなんだと。亜久里くんが聞きたいのは多分それだろうと察した。凄い。今日の私冴えてる。亜久里くんもこんな奴に好きになられても困るもんね!分かるよ!どうしよう泣けてきた!耐えろ私、頑張れ私ならできる。


「あの別に亜久里くんが好きとかじゃなくっ、あのちょっと退屈そうな顔が好きって言うかね」

「は?何だよ、結局好きじゃねぇの?」

「そんな大それたこと…。亜久里くんが困るっていうか迷惑するような気持ちは持たないよ!だから安心して手を離してくれないかな!」

「…あっそ」


息が詰まって呼吸ができないと感じたのは一瞬で、後は苦しいのと痛いのと怖いのとで体が震えた。首を絞められていると察するのは直ぐだった。白む視界の中で影ができて、唇に触れた熱を頭が理解するのには時間がかかり、開放された喉で大きく酸素を取り込む。何事。


「好きでもない男にキスされた気分ってどんな感じだよ?」


倒れそうになる私の肩を教会の扉に押さえつけて見下ろす亜久里くんは、唇を釣り上げて凶悪な笑みを浮かべて見せた。どうしよう。どうやって私が亜久里くんを好きじゃないという誤解を解けばいいんだ。


2017/05/07