■ 甘えてほしい承太郎

バキョッと物凄い嫌な音と共に部屋の扉が壊された。声を上げることもせず、ただ間抜けな顔を扉に向けた私の視界に写ったのは、見慣れた学ランと帽子の下から覗いた何やらご立腹の表情の承太郎。流石不良とかヤンキーとか言われるだけあってその鋭い眼光は恐怖でしかない。チビるかと思った。
赤みを帯びた拳を見てスタンドを使わずに扉を壊したのを察するのに時間はかからず、慌ててその場に正座した。いや待て、私承太郎を怒らせるようなことしてないと思うんだけど。あれ、何で正座したんだ?
自分で自分の行動が理解出来ずに考えを巡らせていれば、承太郎は無言のまま部屋にある掛け布団を手に広げる。意味がわからず眺めていればずんずんこちらに近付いてきて悲鳴が出そうになった。承太郎顔怖い。固まる体はピクリとも動かず、目の前に広がる布団に成程、圧迫死かと頭の悪いことを覚悟して目を閉じる。でも思ったような息苦しさを感じることはなく、ぐるりと体を布団に包まれただけで終わり、恐る恐る目を開くのと承太郎が私の体を持ち上げたのは同時だった。


「じょうたろ、おおおおお!?」

「ふんっ」


ポイッと投げられた先はベッドの上で、柔らかく私を包んでくれる毛布に心底安心した。本気で、今、地面に投げ出されたのかと。バクバクと忙しなく動く心臓に、何故こんなことをされたのかと混乱する頭で考える。承太郎を見ればベッドに腰掛けて私をただ黙って見下ろすばかりで何も話さない。何だってんだコイツは。


「…承太郎?」

「……」

「どーしたの?」

「……」


問いかけても無言である。せめてその怖い顔をやめてほしい。小さい時から一緒だからもうその目も慣れたもんだけど怖いものは怖い。こういう意味のわからない行動をする時の承太郎が一番怖いんだけど、分かっててやってんのかな。ギルティ。


「なまえ」

「お、」

「寝ろ」

「なんだと?」


喋ったと思ったらいきなり寝ろと言われた。え、寝ろって何?人の部屋の扉壊して寝ろって、別に扉壊す必要はなかったんじゃ…?もし私が着替え中だったら承太郎どうしてたのかな?
信じられない思いで承太郎を見上げていれば、そっと優しく手のひらで目を覆われた。ちくしょう、承太郎の手は大きいなぁ!凄い落ち着くありがとう!承太郎に撫でられたりするのは結構気に入ってる。大きいし安心できる手だと、それこそ小さい時から思ってる。


「なまえ」

「んー?」

「……なまえ」

「じょーたろー?」

「何でもねぇ。気にするな」

「いや、気になるけど」


もそもそと包まれた毛布から手を出して承太郎の手を両目から外させて見上げる。驚いた。承太郎が物凄く悲しそうに眉を下げて私を見てるんだから。といってもその変化は微々たるものだと思うけど、私には分かる。


「じょ」

「煩い。寝ろ」


わしゃっと一度頭を一撫でされて離れそうになった手を掴む。今度は承太郎が驚いたように目を丸くした。大きな手をそっと離さぬように握って、ころりと承太郎の方に体を横たわらせる。


「寝るまで手、離さないで」

「…ああ」

「あと、私が起きる頃にはここに居てほしい」


私が承太郎に今出来る精一杯の我が儘だ。聞いてもらえなければ拗ねる。ほんの少し嬉しそうに口角を上げて肩を竦めて見せた承太郎は、お決まりの台詞を口にした。


「やれやれだぜ」


扉を壊した事は後で一緒に怒られることで許してやろう。ぎゅっと手を繋ぎながらそんな事を考えて目を閉じた。


2017/04/05