■ 坂田から略奪する服部

事故により銀さんが記憶喪失になったと新八君に聞いたのは、銀さんが事故にあった翌日の事だった。当日にも電話したらしいが生憎私は手の放せない仕事に追われていて、電話をとることが出来なかったのだ。「君は誰ですか?」とかあんな綺麗な声出した銀さんに衝撃を受け、あまりの変わりように吐きそうになって新八君からツッコミを受けたのは記憶に新しい。死んだ魚のような目が死んだ魚のような目じゃなくなってた!まともな目をしてた!ちょっと混乱で頭がおかしくなってたのは謝ろうかな。


「え、記憶戻ったの?」

『そうヨ!もう無事に死んだ魚のような目をしてるアル!なまえちゃんも早く来てヨ!』

「うん、それは無事とは言わないかな。今日は丁度休みの日だし寄って行くね」

『むふふ。銀ちゃんなまえちゃんに会えなくて寂しがってるアルからな!待ってるネ!』


なんと一週間で記憶が戻ってしまった。勿体ない。あんな綺麗な銀さん天変地異が起こるくらいの確率でしか見られない超貴重なものなのに。よっしゃ思い出したならその首に腕を伸ばして、抱きしめると見せかけてヘッドロックをお見舞してやる!強くて可愛い彼女を忘れるとは何事か!テンションがおかしな方に転がるのは私の悪い癖だ。


「Hello!銀さん!ブッ壊すほど……シュートッ!」

「いだだだだだだっ!?何この娘!?出会っていきなりヘッドロックぅ!?」

「彼女の私を忘れて工場勤めは楽しかったか!?ああん!?」

「彼女!?何言ってんのこの娘!?ストーカー女はさっちゃんだけで十分…いだだだだだだ!?」


パッと手を離した。頭を抑えてしゃがみ込む銀さんを覗き込む。うん、涙目だけどこの死んだ魚のような目をした銀髪天パの男は銀さんだ。私の見間違いじゃない。神楽ちゃんが言うには記憶は戻ったらしいが、うん?これは一体?どういう事だ?私を覚えていないだと?笑えない冗談はやめて欲しい。何年アンタの彼女やってると思ってんだクソ天パ。


「物凄い罵倒を浴びせられた気がする…」

「あの、え?嘘でしょ?私のこと知らない?なまえっていうもんですけど」

「いや、だから知らねーって言ってんだろ。困るって、ストーカー枠はさっちゃんだから。もっと新しいキャラクター性がないと無理だからね、ここ」


思い切りビンタしてやった。何様のつもりだこの男。「ひでぶ!」とどこぞの世紀末を思い出しそうな悲鳴と共に倒れた男を置いて、私はその場を去った。
いやまって可笑しいんじゃない?だって新八君とか神楽ちゃん、それに他も思い出してるって話だよ?何で私は忘れられたままなの?しかもあの言葉を思い出すに、さっちゃんの事もしっかり頭にあるようだし。待て、私はアレか、ストーカーに負けたというのか。嘘でしょ悲しい…。


「良い機会じゃ。なまえもそんな死んだ魚みたいな男は忘れなんし」

「月詠、違う。死んだ魚のような目ね。それじゃ意味変わってくるから」

「大体あんな仕事も碌にせんような奴がなまえを幸せに等できるわけが無い。それならわっちが男になってなまえを幸せにした方がマシじゃ。早く死んだ男は忘れることじゃな」

「生きてる。銀さん生きてるからね。銀さんが死んだみたいになってるよ。……うん、でも月詠が男の人だったら間違いなく月詠と付き合ってるね」


吉原の遊郭の一角にある茶屋で団子を咀嚼しながら答える。月詠ったら何でこんなに男前?そりゃ百華の人達も月詠に着いていくわ。というか道を間違えそうになるね。うっかり女の人もいいなぁとか思っちゃったりするからね。危ない危ない。


「そうじゃなまえ。丁度いい男がおるんじゃ」

「あ、え、失恋の隙も与えてくれない…。でも聞く。どんな良い男かな!?」

「名は服部全蔵。元御庭番衆で今はフリーの殺し屋じゃ」

「やっべぇ、世界って狭い」


物凄く知ってる人だった。しかも服部さんってB専じゃなかった?え?私はB専の枠?巫山戯んなぶっ飛ばすぞ?思わずじとりとした目を月詠に向ければ、月詠は察したように笑う。畜生、可愛いなぁ!


「安心しなんし。向こうからのお誘いじゃ」

「私がB専枠という事が漂ってきたけどそこはどうなの?」

「確かに俺はB専だけど、アンタとは普通にお近付きになりたいと思ってたぜ?」

「うわばばばば!出たな!?」

「そう言う反応が見てて飽きねぇんだよ」


いつの間にか背後にいたらしい服部さんに訳もわからず構えてしまう。笑う服部さんと月詠に意地悪されたと気付いて「馬鹿!嫌いだ!」と叫んでしまった。


「悲しい。なまえに嫌われたとあっては、わっちはもう死ぬしかない」

「どどどど、どうしてそうなるの!?」

「好きな女に嫌われるのは俺も嫌なんだがなぁ」

「う、ぐ…。嘘だよぉ!二人共大好きだよぉ馬鹿ァ!」

「うむ。わっちもなまえが好きじゃ」

「なんだ、両思いってやつじゃねぇか。なぁ?」


綺麗に笑う月詠と、してやったり顔の服部さんに勝てないことを悟った私は拗ねた。大人なのに。物凄く情けない。服部さんに頭を撫でられた。その手に擦り寄ったら抱き締められた。


「あー、ホント可愛いなお前!」

「服部さんのキャラ崩壊もいい所だぐえええ」

「やめなんし、なまえが潰れるじゃろう」


力加減も忘れて強く抱きしめられ骨が軋む音が聞こえた。月詠の助けがなかったら潰れてたね。
まあなんやかんやあって、服部さんはお友達から少し気になる存在になったわけなのだが。普段見えない目を見ようと前髪に手を伸ばせば、あら不思議。ビックリするぐらいのイケメンがそこにいて赤面したのにはからかわれた。ひえええ、服部さんルックスも最高とか何事。


「ホントお前なんでブスじゃねぇのに俺に好かれてんだよ?」

「あっふ、それは私が聞きたい。何で私のこと服部さん好きなの?」

「あー、好きだぁ」

「聞いてねぇなこの野郎。ありがとうございます!」


私はチョロインだと言ったお妙ちゃんを思い出す。前はそんなことないと声を大にして言えたけど、ううん、今ならその言葉の通りであるとしか言えない。何故なら服部さんの言葉にあっさり銀さんから服部さんに傾いてしまうような女だからだ。いやでも流石に忘れられたまま彼女面は無理だ。私のメンタルはそこまで強くないのだから。うん、なら新しい恋を受け入れよう。


「服部さん、ちゃんと忘れさせてくださいね」

「…それホント、狙って言ってねぇから凄いよななまえって」


頭をわしわし撫でられる。少しその力が強くて俯いてしまう形になり、俯いた瞬間に地面に落ちた水滴には気が付かないふりをした。大っ嫌いだバカヤロー。


2016/12/11
並んで歩く二つの背中に目を見開いた。伸ばしかけた手は一体何を掴もうとしたのか。