■ F6カラ松と極道唐松で修羅場

同い年であり彼氏である私の連れ合いはアイドルである。知らない人はいないそれはもう有名なアイドルだ。『学校のアイドル』というカテゴリーでは済まされない全国トップのアイドルで、しかも財閥の金持ち。顔は勿論俳優並みにカッコイイ。それはもう女性からは絶大な人気を誇っている。それが何故か、どういう訳か私と付き合っているのはそのアイドルの中の一人、松野カラ松という男である。性格はクール、いや違うな。ワイルドな俺様系という所か。
私とカラ松が付き合った経緯というのは本当にしょうもない事である。学校でサングラスを落としたというカラ松に、私が見つけて回収して渡したら付き合ってくれと公衆の面前で言われた。OKしたらしたで女子の敵になる事は分かっていたし、逆に断っても女子の敵になるのは分かっていた。私の人生どっちに転んでも終わった。でもOKしたら女子の嫌がらせはカラ松が止めてくれるだろうと思ったからOKしたのだ。決して面倒だからとかそんなんではない。いや、違うぞ。面倒違う。
とまあなんやかんや付き合ったわけなのだが、このカラ松という男。なんと釣った魚に餌はやらない主義野郎だったのだ。しかも最近では弱井トト子という少女に骨抜きにされてるらしい。


「アンタなまえね。ちょっとこっち来て」

「うわ、面倒くさい」


妬む女子生徒に受ける陰湿で執拗なイジメは続いた。殴る蹴るといった暴行は流石に無かったもの、物は無くなるは、不幸の手紙やらを書いて机の中に入れとくは、ロッカーの中に生ゴミ持ってくるは大変だった。こいつ等私に気があって、愛情拗らせたんじゃねぇかと疑うレベルで毎日あった。流石に毎日あったら感心するよ。
まあでも幾ら飾り気のない私でも疲れるものは疲れるわけで。学校の帰り道にて、疲労で足元がふらついた私を助けたのは、深い青の着流しに羽織りを肩に掛けた、カラ松によく似た男の人だった。


「おや、可愛らしいお嬢さんじゃないか。そんなに疲れた顔をしてどうしたんだ?」

「お兄さん目が可笑しいんじゃないですか?」


思わず助けてくれた礼もせずにそんなことを言ってしまってハッとする。お兄さんは目を丸くした後、くつくつと喉で笑って「お兄さんという年齢でもないさ」と言った。


「もう三十路手前だ」

「神様を恨みたくなる若さ」

「面白いことを言うな」


そんなこんなで二十代手前に見える松野唐松という男性と知り合った。名前も物凄い似てるとか凄くない?従兄弟か何かかと聞いたらウチの家系にアイドルはいないと言ってた。他人でここまで似てるって本当に凄い。
唐松さんに会う内に、大人の憧れとかそんなんをまぜこぜにしてしまった私は唐松さんを好きになってしまったのだ。カラ松から貰えなかった愛情を、唐松さんはゆっくりと優しく丁寧に私にくれた。そりゃ惚れるだろ!しかも大人の余裕みたいなあの感じ!もう普通に好き!蹲って床ドンしたら怪我してしまうぞと手を撫でられた。好き。


「好きです唐松さん」

「ああ、俺もなまえが好きだ」

「…あ、いやあの、友愛とかじゃなくてですね」

「んん?俺はなまえを抱きたいと思っているぞ?」

「……いいい、いつからです?」

「出会った当初から。今は常日頃なまえをどう抱こうか考えているよ」


衝撃的なカミングアウトに言葉も出なかった。口をパクパクさせてたら、ゆったりと妖艶に笑う唐松さんにキスされた。そのまま処女を貰われて大人って狡いと初めて思った瞬間である。朝チュンというものを体験した時にお母さんからトークアプリで『遂にやったのね!コレで玉の輿よ!』とか来てたけど、ごめんなさい玉の輿は無理そうです。唐松さん職業の方あんまり詳しく教えてくれないけどヤのつきそうな職業です。ある意味玉の輿なのかもしれない。


「どういうことか説明してもらおうか?」

「やっと来たのか青年。なまえを貰っても構わないな?」

「唐松さんそれ説明になってない」


唐松さんの運転で学校の前まで送ってもらい、周囲からのどよめきも無視して唐松さんは私にキスした。驚き過ぎて言葉もなかった私に満足気な唐松さんは、背後から近付いてきていたカラ松にそんな事を言ってのけたのである。何故かカラ松が怒っていた。アレか、一応私は彼女だからプライド高いカラ松は許せなかったのかな。ごめんね、先にお別れすればよかったね。


「巫山戯たこと言ってんなよオッサン。なまえは俺のモンだ。誰にもやらねぇよ」

「だが聞くところによると、君は他の女性を好いていたんじゃないのか?」

「トト子の事か?だがアレとなまえを比べたらなまえに軍杯が上がるに決まっ…何言わせてんだオッサン!」


ここで鈍感な少女漫画の主人公なら「なんて言ったの?」とか言うんだろうけど、私はバッチリこの耳が拾ってしまい、もう本当、顔が火照るのを止められない。とんでもないことを聞いてしまったと顔を両手で隠す。今度はカラ松のデレに驚いて言葉が出ない。もっと早くそのデレが見たかった。


「済まないが、俺はもうなまえを手放せない所にまで来てしまったんだ。他の女に気をやる余裕があるならなまえの事は諦めてくれ」

「なまえを手放せねぇのは俺も同じだ。悪いがオッサンより先に手を出したのは俺なんだよ。二度となまえと俺の前に立つんじゃねぇ」

「ん?いや、なまえに手を出したのは俺が先のはずなんだが…」

「は?…おい、待て。なまえ、どういう事だ?」


不穏な空気がこちらに向いた。サッと目を逸らす。カラ松の額にビキリと青筋が浮かんで、目付きが物凄く怖いものに変わる。本当にお前は十代なのかと言うような気迫だ。


「それにな、青年。俺はお願いをしたんじゃない」


するりと太く逞しい腕が腰に回る。見上げた顔は背筋がヒヤリとしそうな程に冷ややかなものだった。唐松さんアナタの本職出てますよ!相手は一般人ですよ!


「諦めろ。そう言ったんだよ、餓鬼」

「上等だ。その餓鬼がどれ程のモンか、オッサンに教えてやるよ」


かくして、一般人の私を巡ってアイドルと極道の勝負が繰り広げられるのである。普通に考えてアイドルが勝てるわけないだろとか思ってたら、カラ松が思いのほか武闘派で唐松さんと良い勝負してて遠い目をしてしまった。私の周りは人外ばかりか。


2016/12/06