■ 迫り来る黒尾をどう退けるか
ずいずいと間合いを詰めてくる黒尾には気付いていた。面倒だからと相手をしなかった私が悪いのはわかっているけれど、押し倒されそうになって物凄く、全力で困っている。両手を伸ばしてくる黒尾に良くない事をされると察した私が、その両手を掴んで背中が床に付くのを止めようと変な体勢のまま攻防が続いている。腹筋が辛い。痩せるぜ!でも嬉しくない!痩せる為の必死感が辛い。
「あああああ!!黒尾ちょっと諦めてェェ!!」
「いやー、そんな力入れてねぇんだケド」
「嘘つくなァ!仮に力を入れてないにしても文化部に属している私と、運動部の黒尾の力の差を認識しろォォ!!」
「彼氏様を放ったらかした謝罪が聞こえないなー?」
「ごめんなさいいいいい」
ほぼ半泣きだった。謝った途端に今とは比べ物にならない力が私の手を床へと縫い付けた。本当に力を入れてなかった。悔しい。女が男より弱いのは知ってたけどこうも違うと悔しくなってくる。不平等反対。せめて平等にしてくれてもいいじゃない。
ひーひー言ってる私を上からじぃっと見下ろしてくる黒尾。息を整えるフリして視線を逸らした。
「何その顔」
「え、なに?変な顔してんな、とかって喧嘩売ってんの?」
「すげぇムラムラする」
「オッサンみたいだよ黒尾」
「カチーンときた。今から襲いマス」
床に拘束された手はそのままに、体勢を屈めて近付いてくる黒尾の顔に内心絶叫。彼氏にする反応じゃないとか言ってられない。私達まだ学生。いや、そういうのは確かにあったけど、心はまだピュアというか。慣れてねぇんだよチクショー!
ふと友人B子の話を思い出す。男は女の不意打ちには弱いのよふふん!とB子が笑ってた。高校生にしてはやたらと妖艶な友人B子である。だがしかしB子ありがとう。私は今ここで実行してみることにするよ!
「受け取りやがれ!」
「は?…ん゙っ!?」
黒尾にキスしてやった。マウストゥーマウスってやつだ。すぐに離れて様子を伺えば、なるほど、B子の言う通り男は不意打ちに弱いらしい。珍しく黒尾の赤面した顔が見れた。やったよ!B子!心の底からありがとう!
「……なまえさぁ、ソレどこで覚えてきやがりましたか」
「へへーん!B子が『男は女の不意打ちには弱いのよ』とか何処ぞのキャバ嬢みたいな事言ってたんだよ!」
「……で、なまえはそれをまんまと信用して実行したと?」
「効果あった?」
「凄ェあった」
両手が開放された。黒尾はまだ上に乗っかったままだけど顔を両手で抑えてる。女子か。女の子みたいな反応するんじゃないよ、ゴツイだけあって全然可愛くない。というか退いてくれないのか。効果はあったのに上から退かないとな。不意打ちには弱いんじゃなかったのか!
「なまえが思ってる弱いと、B子が言ってる弱いは違ぇもんだと思う」
「なん…だと…!?」
「確かに不意打ちには弱いけど、これじゃ煽ってるようなもんだって気付かねぇのかこの頭は」
「いてててててて」
頭をグリグリとこねくり回される。地味に痛いというより普通に痛い。やめろ下さい!女の子は優しく丁寧に扱うもんだと、お母さんとか先生とかそんなんに教わらなかったのか!あと弱いの違いって何だ!私は馬鹿だから分かんないよ黒尾の馬鹿!
「なんてゆーか、」
「いててててて」
「馬鹿な子ほど可愛いってこういうのなんだろーなぁ。贔屓目はあるけど」
頭から手を離して私の横に寝転ぶ黒尾に目を合わせる。ふかーいため息をこぼして頭を撫でられた。もっと撫でていいのよ!擦り寄ったら鼻を摘まれた。解せぬ。
「黒尾、黒尾」
「なに?」
「諦めた?」
「…あー、うん。もう今日は俺の負け。代わりに俺に構え」
「合点!」
寝転んだままぎゅっと抱きつけば、抱き込むように抱きつかれる。足も巻き付けてくるから逃げられない。まったく甘えたさんめ。
黒尾の寝癖の酷い頭を撫でてやれば、更に力を込めて抱きつかれた。愛が痛い。
2016/12/04