■ 澤村に我儘を言う
手を差し出して、きょとりとした顔に少し笑いながらそのまま待つ。瞼を二、三度瞬かせてからようやく理解したように私の手に大地の手が重なる。私よりもずっとずっと大きな手に頬がゆるみつつ、思わず口から漏れた「へへぇ」と情けない声。
「大地の手、あっついなぁ」
「…まあ、部活終わりだしなぁ」
「そっか」
「というより、手を繋ぎたいんだったら言えばいいだろ?」
「大地が理解して、行動してくれるのが嬉しいんだよ」
私の言葉に大地は首を傾げる。
「そういうもんか?」
「そういうもんだよ」
「そういうもんか」
オウム返しのように繰り返す言葉に笑う。
私の適当な言葉にも大地はちゃんと理解を示そうとしてくれるから好きだ。話を聞いてくれる人は好きだけど、それを理解しようとしてくれる人はもっと好きだ。つまり大地はもっと好きの部類に入る。大切な人だ。ちなみに彼氏とかではない。
「私が言うのもどうかと思うけどね。大地は私に甘すぎる気がする」
「そうか?」
「甘いよ。あまあまだね。潔ちゃんも言ってたから絶対甘い」
「清水が?ええ…、ならそうなのか…?」
潔ちゃんこと清水潔子は私の大切な人の一人である。あんな綺麗で可愛い子が私の話をちゃんと聞いて、しかも察しがいいから全部言わなくても分かってくれる。もう大好き。私には勿体ないほどの友人だ。
大地が顎に手を置いて眉を寄せて難しそうな顔をする。自覚がないってすごいなぁ。田中と西谷と悪ふざけしてると二人は怒られるのに私だけ免除されたり、私の我儘も「仕方ないなぁ」なんて笑って聞いてくれたり。
「大地、ねぇ、大地」
「はいはい、なんだなんだ」
「ちょっとぎゅーってしてみてよ」
手を繋いだ方とは逆の手で大地のジャージを引っ張り、意地悪でそんなことを言ってみる。流石に聞いてくれないだろうと思っていたら、あっさりと聞いてくれた。
片手は繋いだままで、もう片方の腕でぎゅーっと抱きしめられて訳の分からぬ感動に「おおぉぉぉ」と声が出た。大地は笑ってなんだその声と言ってたけど、こればっかりは仕方ない。大地の方が何なんだ。
「……ううん、大地はきっと私がいる限り彼女も結婚も出来ないだろうなぁ」
「あー、そうかもなぁ」
「なんと。分かっててこんな事やってんのか。不逞な輩め」
ぎゅーっと大地の背中を抓れば笑いながら痛いと言葉をこぼす。絶対痛いと思ってないだろう。そりゃ私も痛くなんてしてないけど。
「もしそうなったらなまえが責任とってくれよ?」
「え、なにそれ?プロポーズか何かかな?」
「プロポーズだったらOKしてくれんのか?」
「ううん。先ずはお付き合いから始めて見ないとなぁ。昔と違って今は恋愛結婚だからね」
「んー、じゃあ俺と恋愛するか」
あっさりとそんなことを言ってのける大地に、ぐりぐりと額を肩のちょっと下部分に擦り付けてやる。
「やっぱり俺、部活が恋人とか言って私は直ぐに振られるんだ。きっとそうだ」
「なまえの我儘なんて俺以外面倒見れないだろ」
「そうかなぁ」
「そうだろ」
ぽんぽん頭を撫でられて流されそうになる。もう流されてしまってもいいかなぁ。なんて思い始めてる私は存外、大地の事が大好きらしい。好きのカテゴリーなんて考えたこと無かったけど、大地に向ける好きは恋愛の方の好きだったのかなぁ。
「うん、じゃあ大地」
「うん?」
「恋人になって初めての我儘だ」
「おう。何でもいいぞ」
「キスしよう」
驚いたような顔をして私を見下ろす大地は、やがて直ぐにへにゃっと笑ってキスしてくれた。
2016/08/11