■ 伊達の腹筋を触る

大胆にもはだけた着流しの隙間から手を差し入れて触れる。うわ、硬い。すごい。素敵。
感嘆の息を漏らすのと私の腕がガッチリと取られるのはほぼ同時だった。特に驚く事もなく目を向ければ、口元を引き攣らせてこちらを見る隻眼と視線がかち合う。


「政宗さん、おはよーございまーす」

「…いや、……いや、何してんだ」

「そこにあったから触ってみただけです」

「は?」


寝転がる政宗さんを見つけたのは偶然。執務で忙しいんだろうなぁと、起こさないように部屋に入ったのは数分前。元々端正な顔立ちをしているから、免疫のない私はその姿に暫く見蕩れていたのだけれど、ふと目に入ったその魅惑の腹筋。伸ばす手を抑えられず、気付けば硬い腹筋を堪能していたというわけである。


「と、言う訳ですけど」

「……」

「起こしてごめんなさい?」

「いや、ん、それはいい」


片手で顔を覆い隠し俯く政宗さんは、空いた手で器用にも私の頭を撫でる。小十郎さんにもよく撫でられたりするけど、何だろう。私の頭は撫でやすいのかな。
呆れたような顔をしてこちらを見る政宗さんの正面に座る私。これからどうしようかと頭を悩ませた。小十郎さんに見つかったら、私が政宗さんの邪魔してるってことで怒られちゃうかなぁ。それは嫌だ。小十郎さん怖いもの。


「んー、私はそろそろお暇しますね。小十郎さんに怒られるの嫌なんで」

「待て」

「おっふ」


「お金持ちになれますように」と願掛けとして伸ばしている長い髪をガッツリ掴まれた。ちょちょちょ、髪は女の命です。おやめくださいまし。掴むならもうちょっと丁寧な掴み方をして欲しかった。
慌てて座り直せばパッと手を離され安堵の息をつく。


「不公平だろ」

「…詳しくどうぞ」

「なまえだけ触って俺が触らないのはどう考えてもfairじゃねぇ」

「……つまり」

「触らせろ」

「理解しかねます」


今度は私の口元が引き攣る番だった。片方の口角を上げて目を細めて笑う政宗さんはそれはもう絵になる程に素敵であれど、その内容はどう考えても許容できないものである。私の心臓が爆発するんで触らないでください。Don't touch me!


「No problem.優しく触れてやる」

「いや、いやいやいやいや。そういう問題じゃなく」

「怖いなら目ぇ瞑ってろ」

「ああああ!逃れられぬ運命ー!」


じりじりと後退りする私の腕を掴んで引き止める政宗さんに叫ぶ。間近にある端正な顔を直視する勇気もなく、僅かに視線を下げれば魅惑の腹筋。気を紛らわせるようにそこを凝視していれば、するりと素肌を触られた。


「ああああの、お腹じゃないんですか!?」

「触るとは言ったが、どこを何て言ってねぇだろ」

「狡猾!」


着物の分け目から入り込んできた大きくてゴツゴツした手は、私の太ももをゆるりと撫でて小さく悲鳴が漏れた。こんなの聞いてないよ!
ニヤニヤと笑みを浮かべる政宗さんにイラッときたので、こちらも空いている手を伸ばして硬い腹筋に指先を滑らせる。ちくしょー!硬い腹筋だなぁ!最高かよ!ほとんどやけくその域だった。


「Ah…、それ煽ってるって分かってやってんのか」

「え、」

「止められなくなるぞ」

「えっ」


慌てて引こうとした手は逆の手を解放することで掴まれ、そのまま腹筋へと固定される。いくらでも触っていいというようなその対応に驚きつつも嫌な予感は晴れない。未だ太ももを覆う大きな手は妖しく動き、ひやりと背中を冷たい汗が滑り落ちる。


「いい。そのまま触ってろ。そっちのが気も紛れんだろ」

「あ、の…。今から一体何をするんでしょうか?」

「経験あるかは知らねぇが、ないなら好都合だ。なまえを女にしてやる」


あっ…(察し)じゃねーわ!私の女としての危機。助けて小十郎さーん!あなたの息子さん大変な事件を引き起こそうとしてますよー!政宗さんは小十郎さんの息子じゃないけど。
助けてくれという願いが届いたのか何なのか、小十郎さんが休憩にと政宗さんにお茶を持ってきてくれたおかげで何とか未遂に終わった。こってり絞られ、反省してると頭を下げた。腹筋はもっとこう、見せつけてくる人のしか触らないようにしようと決めた。


2016/07/26