■ 大切にしたい獄卒達
「あ、田噛さーん?今日の報告書はこちらで受け取りまーす」
「……ああ、なまえか。肋角さんは?」
「五徹しそうだったから寝かせました」
「そうか」
肋角さんの執務室の前に立っていた田噛さんに声をかけて報告書を受け取る。一通り確認しながら「お疲れ様です」と一言告げて背中を向ければ、強い力で肩を引かれた。いたたたた、結構力入ってますよ田噛さーん。
「肋角さんが起きるまでは皆さん待機ですよー?」
「お前は?」
「肋角さんの助手ですから、お休みはこれが終わってからですね」
「……手伝う」
驚いて目を丸くした。あの面倒くさがりな田噛さんが仕事を手伝うだなんて信じられない。平腹さんあたりに何かされたのだろうか。いや田噛さんなら物理的に返り討ちにしそう。うん、想像つく。だけれどその言葉に素直に甘えたい。肋角さんが寝てしまった今、報告書のまとめや確認は全て私に回ってくるのだ。「面倒くさくなったらいつでもやめていいですからね?」と一言付け足して作業を説明して始めれば、飲み込みがいい田噛さんは2時間程で報告書を纏めあげてくれた。
「わぁ、こんなに早く終わったの初めて」
「じゃあ俺はいくぞ」
「あ、はーい。お手伝いありがとうございます!今度またお礼しますからねー」
部屋を出ていくその背中に笑って声をかければ、薄く笑みを浮かべた田噛さんは「期待してる」と言って出ていった。田噛さんにお礼とは、私も随分と難しいことを言ってしまったものだ。というか今更だけど任務終わりの田噛さんに仕事を手伝ってもらうなんて、考えても無駄だろうか。
「なまえ、いるか?」
「はーい、ここに」
ノックの音の後に聞こえた声に言葉を返せば、扉が開いて青い瞳が特徴的な斬島さんが現れた。無表情さがいつもより崩れていて、何やら困っているような雰囲気に首を傾げてどうしたのかと尋ねる。
「任務先に鍵の掛かった部屋があるんだが。その鍵のコードが解読できないんだ」
「ほほーう。どんなやつですか?」
コードのヒントが書かれた紙を受け取って暫く間を置く。確かに少し頭を使うような物だが見方を変えれば簡単だ。斬島さんは真面目な性格だから考え過ぎてしまったのかもしれない。そこが彼の良い所なのだろうけど。
「1987じゃないですかね?」
「助かった。ありがとう」
「ま、まだ当たった訳でもないですよー…」
「なまえの言う事は信じる」
いつもの無表情に戻った斬島さんの伸ばした手が私の頭をくしゃくしゃと撫で回す。ううーん、ここに居る長さは私の方が長い筈なんだけどなー。だが気にしない、斬島さんが撫でてくれる手は心地良いのだ。「今度また手合わせしてくれ」そう言って行ってしまった斬島さんに苦笑いして誤魔化した。
「谷裂さーん、佐疫さーん、本日の任務でーす」
「あれ、なまえちゃん?」
「肋角さんはどうした?」
「現在お休み中なので代理ですー」
食堂にいた二人に声をかければ、不思議そうにこちらを見る佐疫さんと眉を寄せて訝しげな顔をする谷裂さん。有無を言わさずに任務内容が書かれた書類を手渡してお願いしますと敬礼のポーズ。谷裂さんにデコピンされた、なかなか痛い。
「むう、ちょっとしたお茶目心ですよ」
「馬鹿め。肋角さんの助手なのだからシャキッとしろ」
「可愛かったよなまえちゃん」
「流石佐疫さんは相変わらず優しい」
よしよしと頭を撫でてくれる佐疫さんは本当に優しい人だ。それに比べて谷裂さんは!まったく佐疫さんの優しさの十分の一位分けてもらえばいいのに!口には出せない。また引っぱたかれる。まあ谷裂さん的には優しい方だと思う。木舌さんが無断でお酒を飲んでいた時、谷裂さんが問答無用で金棒を振り下ろして制裁していたのと比べれば優しい方だ。うん、優しい。
「廃病院か、また色々といそうな所だね」
「肋角さんがお休みになられる前にお二人なら任せられるって言ってましたよー?」
「ならば期待に応えねばならんな」
「…谷裂のそう言う素直な所は長所であり短所でもあるね」
「佐疫さんも獄卒の中で一番のストッパー役として適任だと思いますよ?」
「うーん、ありがとう?」
複雑そうな笑顔を浮かべる佐疫さんと、やる気満々の谷裂さんは食事を終えてから任務に向かうそうだ。お気をつけてと一言告げて私も執務室へと戻る事にした。
肋角さんの眠りもそろそろ覚める頃ではないだろうか。まだまだ休息をとって欲しいところだが仕方がない、紅茶を作って待っている事にしよう。
「あれ、なまえちゃん?今日は肋角さんと一緒じゃないんだ?」
「肋角さんは現在お休み中でーす。ご用がある方は私まで」
「ああ、なるほど。休憩をとってもらったんだね?」
「せーかいでーす。そんな木舌さんにはこの茶葉を執務室まで運ぶ権利を与えまーす」
廊下で出会った木舌さんに半ば強制的に茶葉を持たせる。食堂でもらったものなのだが量がまあまあ多かった。確かに肋角さんは暇があれば紅茶を飲んでるけどストックがあり過ぎるだろう。
木舌さんもビニール袋に詰められた茶葉を覗き込みながら目を丸くしている。私も初めて見た時は何度か見直したものだ。
「こんなに買うお金があるならお酒に回してくれれば…」
「木舌さんも懲りない人ですね。先日佐疫さんに頭撃ち抜かれてたのに」
「お酒があれば生きていけるよ!なまえちゃんにも分かる日が来るよ!」
「お酒は嗜む程度がいいんです。その発言はちゃんと佐疫さんたちに伝えときますからねー」
拳を作って力説する木舌さんの隣で呆れながら言葉を返せば「それだけはやめて!」と必死な顔で止められた。佐疫さんのお灸は結構効いたらしい。なかなかいいことを知った。
「それにしても肋角さんが休んでるのはいいけど、なまえちゃんはちゃんと休んでる?無理してない?」
「あなたは私のお母さんですか。大丈夫ですよ、ちゃんと倒れない程度には休息をとってます」
「うーん、お母さんより旦那さんがいいなぁ…」
「ほらほら、時間ないんですからー」
木舌さんの背中に急かすように声をかければ間延びした声で返事を返される。イラッときたので一度その大きな背中を殴ってしまった。ついと言う言葉は本当に役に立つ。
全部木舌さんが運んでくれたので大分楽になった。お礼を言ってから紅茶を作り始め、あとはまた温め直せば完了だと言う所で次の作業場へと足を向けた。今度の場所は資料室である。
「なまえじゃん!何してんの?」
「他の人に頼まれて、今度行く地形を知りたいらしいんで探してるんでーす」
「ふぉ?なまえが探すことなくね?あいつらにやらせりゃいーじゃん」
「その日まで全部任務が入ってるんだとか」
資料室でファイルを探していればひょっこりと棚の間から顔を出してきた平腹さん。驚きの声を上げなかったのは平腹さんは神出鬼没であるから慣れたのである。首を傾げて私の手元を覗き込んでくる平腹さんを一瞥して何故ここに居るのかを問えば真ん丸な目をこちらに向けた。
「実はさー、さっき木舌と任務行って帰ってきたんだけどさー、アイツ酒飲むからって俺に報告書押し付けてきたんだぜ!」
「……ああ、頭が痛い。木舌さんには後でしっかりと言っておきます」
「頼むな!それでさー、俺馬鹿だから報告書なんか書き方分かんねーし、考えて考えた俺の案がここのやつ大体丸写しすればいーじゃん!ってなってここ来た!」
「なるほど。平腹さんは私が肋角さんの助手である事を忘れてるんです?」
「??なまえは優しいから言わねーだろ?」
「……もうっ!」
そんな純粋に私を信じる目で言われたら、私も何も言えなくなっちゃうじゃないか!内心平腹さんを罵倒しながら言葉にはできない。こんなバカワイイ子が怒ったら一番怖いなんて誰が想像できるだろうか。寝ている平腹さんを起こすのは皆のトラウマスイッチだよ!
「あ、そーだ!なまえも手伝えばいーじゃん!」
「え、いや私はまだ仕事中なので」
「えー!一緒に探してやるからさー!お願いだって!」
「分かりましたから静かにしてくださーい。ここあんまり騒いじゃダメなんですからー」
騒ぐ平腹さんを宥めてやり仕方なく資料を集めて報告書を手伝う事にした。慣れていないことがすぐに分かる文字の雑さと見事な斜め書き。肋角さんも大変だったんだなぁと指示をしながらそれを見ていればふと平腹さんの手が止まってじぃっとこちらに視線が向かってくる。「何ですか?」と尋ねれば答えはないまま頭を撫でられた。間抜けな事に口が開いてしまった。
「いつも頑張ってるなまえを労わってんの」
そう言って歯を見せて笑う平腹さんに暫く動く事ができず、その間も平腹さんは私の頭を撫で続ける。そうして漸く動いた私の手を平腹さんの頭へと振りおろした。まあまあ勢いのあるチョップであった。照れたとかそんなんでは断じてないんだからな!だから平腹さんはニヤニヤするのを止めろ。今すぐにだ。
2015/08/13