■ 狂王に望みはあるか聞いてみた

自身の決して痩せてはいない平均だろうと思われるお腹を、ぐるりと回る黒い大きな棘のある尾を見下ろしながら口を開く。


「……令呪をもって命ずふっ!」

「余計な事にソレを使うな」


左手の甲にある令呪を使用しようとすれば、口に指を突っ込まれた。その指もなかなか鋭利な爪が存在するため肝が冷えるも、そこはちゃんと配慮してくれたらしく口の中に怪我はない。
令呪を使おうとしたのは、私の頬をこれ以上なく触りまくる狂王、クー・フーリン・オルタにこの行動をやめてもらおうとしたためである。別に頬を触るのは構わない。普段から「もちもちほっぺ」と称されて知人から触られまくるので慣れている。ただお腹の圧迫感は慣れていない。逃げるつもりなんて一切ないのに、信用されていないのか知らないが基本的に現界している状態のオルタは私が逃げぬようにとそのご立派な尻尾で私を捕らえているのである。言葉通り、捕まってる。


「別に逃げないよ?」

「だろうな」

「……コレはなに?」

「なんだろうな」


質問を適当に返されている気しかしない。若干面倒くさそうな顔をしているオルタに苦笑しつつ尻尾を撫でてやる。気分は子猫に毛繕いをする親猫の気分だ。第三者の目から見れば親猫に甘えている子猫のような状態だろうか。まあどっちでもいいけれど。


「オルタは、何かしたい事はある?」

「戦闘」

「ついさっきまでアーチャー達といっぱい遊んで(命懸け)たよね?嘘でしょ?これ以上何をしようというの?ここら一体が壊滅するよ?」

「なまえが来たらやめただろうが」

「いや、私が来る前にもっとこう、モノを壊さないようにさ?ちょっと加減をしないと、アーチャー達のあの顔見た?私あんなアーチャー達の顔初めて見たよ」


私がオルタに捉えられる前。ほんの数十分前のこと。赤いアーチャーと緑のアーチャーを相手に、それはもう驚くほど元気に派手に遊んでいた。床は抉れ、壁は凹み、天井は穴が空いて瓦礫が落っこちていた。いや、確かに鍛錬のための広く大きな広場のような部屋だけど、まさかここまで破壊せんとするような状態にされると思わなかった。部屋に入った私は呆然。二人のアーチャーが私に指を指してオルタに何かを怒鳴りあげていて、ゆったりとした動作でこちらを向いた紅色は鋭く、やがてゆるりと細められた。
そうして有無を言わさず私を尻尾で捕らえたオルタに驚き、二人のアーチャーは深いため息をついた後で申し訳ないと言ったように苦笑した。


「次やる時はもっと穏便にさ、ね?」

「穏便な戦闘が何処にあるんだよ」

「御尤も」


じとりとした紅い目がこちらを見て思わず逸らす。口で勝てないとは何事か。…コレが人生経験の差だな、なるほど、解した。
むにむにと頬を触る手はやめないオルタに、顔の筋肉がどんどんと解されている気がしながらこちらも尻尾から手を放さない。こうなったら同人誌とかでよくある尻尾を触られて「ひえええ」ってなるまでやめてやらん。同人誌読んだことないけど。想像だけでもかなりの破壊力。悪い意味で。大人の男の変に甲高い声でそんな声出されても困惑するばかりだ。一部からは需要あるだろうけど私にはないんだ。ごめんね、期待した人。


「俺はメイヴの願いを元に召喚された身だ。俺は破壊するだけ。それ以外を望むなら俺じゃないオレを喚べばいい」

「喚ばないよ」


即答して見せれば、驚いたように目を見開くオルタ。その反応は本当に近くだったから分かる程度の微々たるものだったけど。頬を触る手が止まったのをいい事に、こちらも尻尾から手を放して赤い隈取りのような模様が浮かぶ顔に手を伸ばす。なぜ今更になってそんなことを言うのか、不満をありありと込めて顔を歪ませる。


「私のクー・フーリンは君だけだ」

「…陽の部分もオレだろう?」

「私が求めて、君が始めにその手をとった。気まぐれだかなんだかは知らないけど、それだけで十分だと思うけど」


確かにクー・フーリンの適性は他にもランサーのクラス等がある。けれど私の手をとったのはバーサーカーのクー・フーリンだ。なら、私のクー・フーリンはバーサーカーの彼だけであって、他の彼らは喚ばないし、喚ぶ必要も皆無に等しい。
紅い瞳をじぃっと食い入るように見ていれば、やがてオルタの腕が腰へと回る。


「………細いな」

「え、あ、うそ。そんなお世辞いらないけど」

「力を入れたら折れそうだな」

「怖い事言うのやめてくんない!?」


胸の下にある頭に引きつった笑みをこぼしながら、フードを脱がしてその青い頭をぐしゃぐしゃと撫でてやる。文句を言わないからたぶん大丈夫。そういえば狂王に何かしたい事があるかを聞いていたのに、話を逸らされてしまったなと思い返して口を開く。


「それで、何かしたい事ある?」

「……まだ聞くのか?」

「答えを聞いてないし。戦闘はナシで」


ゆらりとこちらを見上げてくる紅に首を傾げて先を促そうとすれば、腰を引いたオルタに小さな悲鳴が漏れる直前、剥き出しの首にそのギザ歯が食い込んだ。


「い゙っ!?」

「お前の槍が変わらなければそれでいい」


2016/06/25
暗に俺以外のオレを召喚するなよと言ったつもりだが、アイツが次に召喚したのはキャスターのオレで。まあ槍を使わないならいいかとなまえに絡むキャスターを殴りながら思った。