■ カラ松は不安になったらしい
早朝、約5時半頃。パチリと唐突に目が開き、一切の微睡みもなく実にスッキリとした起床だった。普段朝が早いせいか、せっかくの休日なのになぁと複雑な気分に苦い顔をしてしまう。
どうしたものかと小さくため息をつきながら、隣でぐっすりと眠り込んでいるカラ松の眉間を軽く突いてみた。ぎゅっと皺が寄り、すぐに戻ったそれを見て起こすのは忍びないとそうっと布団から抜け出した。
「……あつい」
どうやら寝汗をかいたようで、少しばかり体がベタついていた。バスタオルと替えの着替えを持って、風呂場へと直行。浴槽に適当にお湯を張って、汗を流し落とすようにシャワーを浴びる。朝風呂はなかなか気分がいいものだ、少しばかりテンションが上がって鼻歌が漏れた。
スッキリとした気分のままお風呂に浸かれば、意味もなく「ふへっ」と情けない声が上がる。お湯を適当に入れたからか、ほぼ半身浴状態となっているが良しとしよう。これはこれで…なかなか…。
凡そ人に晒せないようなふにゃふにゃな顔でお湯に浸かっていれば、外から聞こえた忙しない足音に目を丸くする。家に居るのなんて私とカラ松しかいないのだからカラ松に決まっているけれど、こんな時間に起きるなんて珍しいと、風呂場と洗面所を隔てる磨りガラス型の扉を見ていればシルエットが見えた。どうしたの?と声をかける前に扉がけたたましい音と共に開かれる。
「ほぁっ!?」
「なまえっ!」
驚きで出た意味の無い悲鳴とカラ松が私を呼んだ声は同時で。カラ松と目が合った途端に、浴槽から引き上げられて抱きしめられた。ぐっしょりと濡れているだろう裸の私を、寝間着をしっかりと着たカラ松は何の躊躇いもなくぎゅうぎゅうと力強く抱きしめてくる。
「ちょ、なに、何事、何があったの」
「あぁ、よかった…」
「よくないよ、何一つよくないよ。ちょっ、カラ松一旦離れようか。あと出てってくれないかな。get away」
「断る」
「ぬおおおおっ」
まさか断られるとは思いもよらず唸り声を上げた。普段から、格好つける癖に甘えたな構ってちゃんなのは知っているから存分に甘やかしていたけど今回は訳が違う。私、今、素っ裸。羞恥心がどえらい事になってるよ。
その間にもカラ松は抱きしめる力を緩めず、深く深くため息をついた。剥き出しの肩に生暖かい息があたって擽ったい。いやちょっとマジで離して、せめて服を着させて、頼むから。
「なまえ、なまえ」
「なに?どったの、カラ松。恥ずかしいから要件を早く」
「……」
「…カラ松?」
聞けば。怖い夢を見たのだと言うのだ。ポツポツと話すカラ松は、目が合った時から一度も顔をこちらに向けていない。ただただ離さぬようにと抱きしめて話すカラ松に、私は話を聞くしかなかったのだ。
どうやら夢の内容は私とカラ松が別れるといった夢だったらしい。叫ぶように声を掛けても、追いかけて手を伸ばしても、私は一度も振り向かなかったらしいのだ。何て薄情なやつなんだ、夢の中の私は。
話し終えたカラ松は黙り込んでしまって、私はと言うとなんとも言えない気持ちでいっぱいだった。
「カラ松の中での私は大分薄情なやつなんだなぁ」
「……怖かったんだ。なまえが俺から離れていくのが凄く怖くて…、起きたらいなくなってたし…」
「あー、うん。ごめんごめん」
「気持ちがこもってないぞ」
「ごめんね、カラ松」
濡れた手で頭を撫でるのもどうかと思ったけど、どうせ服も濡れてるしいいかと遠慮なくその頭に手を伸ばす。大人しく撫でられているカラ松は、深く息を吸い込んで同じぐらいに吐き出した。落ち着こうとしてるみたいだ。
「離れないよ」
「…絶対か?」
「うん」
「本当に?」
「どうすれば信じてくれる?」
「……」
また黙り込んでしまった。どうしたものかと息をつけば、ゆったりとした口調で、それでも緊張しているのだろう声色でカラ松は呟いた。
「なまえのこれからの人生を俺にくれたら、信じる」
「……」
「……」
「……なるほど」
「……」
「それは、つまり…」
「……」
つまり、なるほど、私はこう言えばいいのか。
「私の人生あげる。だから、カラ松の人生も私にください」
この言葉は間違えてはいないはずだ。返事の代わりにぎゅうっと抱きしめる力が強くなり、肩に落ちた熱い水滴がお湯じゃないことはすぐに分かる。ぐずっと鼻をすする音が聞こえて笑ってしまった。まさか素っ裸でプロポーズされるだなんて思いもしなかったなぁ。
この後、ようやく私の格好に気付いたカラ松が異常な程に顔を真っ赤にさせて飛び上がって悲鳴を上げる訳なのだが。悲鳴を上げたいのは私の方だと、顔を覆う指の隙間からこちらをガッツリと見ているカラ松にデコピンしながらため息をつく事になる。
2016/06/01