■ 素直じゃない坂田
「お、なまえ」
「あ、銀さん」
「ちょっと、ちょっと来い」
来いと言いながら腕を引くのはどうかと思うぜ銀さん。これは無理矢理ってやつだ。裁判沙汰になっても私が勝つね。
「ちょ、なんすか先輩。アタイ何もしてねぇっすよ。ちょっと嫌がらせに銀さんの家に置いてたジャンプに落書きしただけっすよ」
「シリアスな場面を全力でギャグにしようとしてたのはお前か。微妙に読むの嫌になったわ」
「嫌がらせっすからね!」
「ドヤ顔すんなうぜぇ」
振り下ろされようとした手のひらを避けて舌を出す。遅い…遅過ぎるぜ、そんな攻撃当たらねぇな!と言わんばかりにポーズを決めれば銀さんの額に青筋が浮かぶ。うへ、怒らせちまった。
「まーまー、怒んないでくださいよ銀さん。仕事来なくてイライラしてるんですか?」
「一言多い!」
「女の子に手を出すのはカッコ悪い!」
「どこに女の子がいるんだよ。俺の目の前には野生の猿しかいねぇわ」
「なんと無礼な。私の目の前にはだらけきったプー太郎しかいませんけどね!」
あれこれもしかして比喩でも何でもない正論じゃね?とか何とか思ったら、素早く的確に頭の天辺目掛けて銀さんのチョップが落された。痛い。なかなか痛かった。流石あとの世の時代で海賊王になるだろう麦わらの一味の剣豪。
「なわけねーだろ、未来の俺はスーパークールな現国のティーチャーだよ」
「よれっよれの白衣着たやる気皆無の先生とかホント反面教師ピッタリだね」
「なまえはたぶん俺の生徒だわ」
「マジかよちょっと未来壊してくる」
意気揚々とどこかも分からない未来を作ってる奴をぶん殴って、その未来をなかったことにしようと歩き出せば襟ぐりを掴まれて止められた。やめろ銀さん、これは銀さんにも関わる重大なことなんだ!叫べば現実見ろよと可哀想なものを見る目で言われた。解せぬ。
「んで、何か用ですかプー太郎」
「お前ほんと年長者を敬うってこと知らねーのな」
「ちゃんと私が認めた年長者は敬ってますよ。銀さんは対象外なだけで」
「んだコルァ?昨日勝手になまえのプリン食べた事まだ怒ってんのか?謝ったじゃねぇか」
「ちゃんとキスしてくれたら許しますよ」
「え」
「何顔赤くしてんですか。地面に決まってんでしょ天パ」
ハンッと銀さんを見上げながらも、見下す様を作り出す私の器用な態度に銀さんも口を歪める。昨日買ってきたプリンは有名所の高級プリンだったんだ。私が頑張っている自分自身に御褒美にととっていたのに…。簡単に許してたまるものか。
「だから、その」
「何ですか。サラッと言いなさい、ほら、へーい」
「ちょ、待て待て待て。俺のタイミングで言わせろ。んな雑なやり方で言わせんな」
「何ですかもー。グズグズグズグズ、そんなんだからモテないんですよ」
「うるせぇよまな板」
「コルァ、どこ見て言ってんだあぁん?アンタこそこの……やだ、硬いわこの胸筋」
「何しれっと触ってんだ馬鹿。離せ阿呆」
阿呆なやりとりを繰り広げる私たちを、遠巻きに見てはサッサと去っていく通行人たちの視線は慣れた。恥ずかしい?違うね、これは注目を浴びてるんだよ!私はたった今ハリウッドスターになった。そう思えばこの痛いぐらいの視線も軽く流せてしまう。恐ろしいぜ、自分の才能が!
ボスッと鈍い音が顔面から鳴った。目の前が真っ暗だ。あとなんか顔が地味に痛い。
「……おいおいおい銀さん、何ですコレは?喧嘩売ってんですか?」
「ちっげぇよ」
わしっと掴めばそれは紙袋らしく、丁度銀さんが手を離したのでそろそろと受け取る。何だこの紙袋は。中身はなんだと覗き込めばお菓子やらケーキやらが所狭しと綺麗に詰め込まれていた。顔を上げれば銀さんが眉を寄せて視線を逸らすという、少女漫画でよく見る照れ方をしていた。なんて事だ。
「…これで機嫌を直せと?」
「……金がねーんだよ」
「…馬鹿なんですか?」
「……お互い様だろ」
ちくしょう。こんな、こんなもんで…私の御褒美プリンを許せというのか。それはあまりにも酷いじゃないか。だがしかしなまえ、大人になれ。プリンは戻ってこないけど。銀さんはそれはもう誰がどう見てもちゃらんぽらんだけど、ちゃんと謝ってくれたじゃないか。プリンは食べれないけど。普段こんな事をしない銀さんが悪いと思って買ってきてくれたのだ。プリンじゃないけど。なら私は、こんな情けない男を立てるべきじゃないのか。プリンは惜しいけど。
「銀さん、一人じゃ食べきれないですから手伝ってください」
「……おう」
全く私も大人になったものだと褒め称えた。
笑った銀さんを見て、私はほんの少し、ホントに少しだけ気持ちが緩んでしまった。いやでもこれは別に勝ち負けとかじゃないから。銀さんに負けるとかホントにありえないから。ちゃらんぽらんに負けるぐらいなら来世は食パンの袋を挟むあの、アレになるから。
2016/04/10