■ 真田と手を繋ぎたい

「幸村さん、やぁっと捕まえましたよ」

「なまえ殿!?ななな、何故!」

「こちとら毎日幸村さんを追い駆けてるんですよ。行動パターンは既にお見通しなんだよ!」


慌てふためく幸村さんの服の裾を離さぬようにそう言えば、幸村さんはサッと顔色を青白く変えた。そんなに捕まえられるのが嫌かコノヤロー。そりゃ新参者に、しかもこんだけ無礼を働かれたら普通なら打ち首ものだよ。幸村さん優し過ぎだろ。


「そろそろ慣れてくれませんか幸村さん」

「あ、うううっ!は、離してくださらぬか!」

「いや、あの、私もそうしたいのは山々なんですけど。何で幸村さんこっち見てくれないんですかね。せめて理由だけでも…」

「ああああああ!!!佐助ええええええ!!!」


振り払うこともせず助けを求めて叫んだ幸村さんを見上げながら、空いた手で片耳を塞ぐもそんなに効果はなかった。もう片方の耳がキーンてしてる。
というかやっぱり一切こっちを見てくれないんですね幸村さん。離すつもりはありませんけど。


「残念でしたね幸村さん。佐助さんにはもう私から伝えてあります」

「!?」

「何で驚いてるんですか。いや、可笑しいですよねコレは。私たち一応夫婦なんですよ?」


そうである。言葉のとおり幸村さんと私は夫婦なのであるが、何分この幸村さんはシャイなあんちくしょーなので触れることさえ叶わない。いや、ほんとに。唯一触れて大丈夫な部分といえば現在掴んでいるように服の裾である。
破廉恥破廉恥と騒がしい幸村さんはあろう事か妻である私を遠ざけているのだ。目を合わすこともなく私と判断した瞬間飛び跳ねて脱兎の如く逃げる。初めの頃は女中さん達も「照れていらっしゃるんですよ」フォローしてくれたけど、今となっては苦笑いをこぼす程だ。
このままではいけないと逃げる幸村さんを追い駆ける日々は続いた。そうしてようやく捕まえた今日という日を私は逃してはならない。


「あ、あの、いや、その、」

「あー、私のことが嫌いならそれはそれでいいんですけどね?それだとちょっと私の国との問題に発展してしまうので幸村さんには我慢していただきたいというか」

「ち、違いまする…」

「そんな幸村さんには心苦しいんですがお願いを聞いてくれますか?」

「……お願い」


オウム返しに「お願い」と繰り返す幸村さんに内心首を傾げながらも、逃げようとする素振りがなくなったので警戒はしながらも手を離す。こちらへと向き直る幸村さんに珍しいと思いながら、その言葉を肯定するために首を縦に振る。


「手を繋ぎたいんです」

「……手を」

「はい。幸村さんが私を嫌っていても構いませんから、最後に手を繋いで欲しいんです」


そこまで言うとぎゅっと眉を寄せる幸村さん。おお、そんなに嫌なのか。うん、流石に傷付くなぁ。ちょっと気まずくなって幸村さんから顔を俯けた。…あれ、そう言えば幸村さんこっち見てた?
両手を柔らかく包まれた。その人が持つ婆娑羅と同じようにとても温かい手で目を丸くする。


「なまえ殿、先程から貴方の言葉には語弊がある」

「…語弊ですか?」

「某はなまえ殿を嫌ってはおらぬ」

「それは、はい。ありがたいです」


なんと。なら逃げていたのはどう説明するのか。それを言ってもらわないと信用出来ない。納得するかしないかは別としてだ。


「その、」

「はい」

「……なまえ殿を見ると苦しい」

「そ、それは嫌いという事では?」

「違う!」

「ひぇっ!」

「こうして手を握っている今も凄く苦しい。でも離したくはない。好いている。傷つけたい訳じゃないが、欲を言えば某の想いを全て受け入れて欲しい」


夫婦になっているのに、なんて奥手な人なんだ。私は素直にそう思い、それと同時に物凄く気恥ずかしくなった。誤解だという事は分かったけど、私から手を繋いで欲しいと言ったんだけど、今は物凄く逃げ出したい気分だ。痛いぐらいに手を握られているから無理だけど。てかこれ繋いでないよね。


「ゆ、幸村さん」

「ああ」

「私も幸村さんのこと好きです」

「っ、そうか!」

「だから、今日はずっと手を繋いでいてください」

「う、承った」


そっと握っていた手が空気に触れたのは一瞬で、直ぐに温かい手が重なる。その指の間にそっと指を絡めてやると、幸村さんが肩を跳ねさせて驚いた姿に思わず笑ってしまった。


2016/02/03