■ ハサミを持ち歩く門田
シャキッと背後から音がした。振り返れば、百均で買ったんだと言っていたハサミを手にして空気を切っている門田さんがいた。宙をさ迷っていた瞳がこちらと重なると、口角を上げて軽く片手を上げる。
「またハサミ」
「あー、ちょっと気にいっててな」
「百均で買ったやつが?」
「結構丈夫なんだぞ?」
シャキシャキと音を鳴らしてみせる門田さんに首を傾げた。最近の門田さんのマイブーム?みたいなものになっているそのハサミは大きくもなく小さくもない至って普通のもので、デザインだってシンプルだ。
私が知るに最近の門田さんは常にそのハサミを持ち歩いている。護身用かと思えば、先程のように意味もなく音をたてて空を切っているので護身用ではないとは思う。まずハサミが護身用になるのかは分からないけど。
「そんなにいい物ですかね?」
「普段から使うもんじゃねぇだろうけどな、持ってて損はない」
「…得はあるんです?」
「ある」
頷く門田さんにまじまじとその手の中にあるハサミを見る。本当にこれといって特徴はないThe・ハサミだ。一体全体門田さんの身に何が起こってハサミを持ち歩くようになったのか。狩沢さんや遊馬崎さんや草壁さんに聞いても意味はなかった。あの人たちも不思議がっていたから。
シャキッとまた音を立てて空気を切った門田さんを見上げる。と、酷く鬱陶しそうに何も無い場所を見て表情を戻す。
「ま、得って言っても俺にはって前置きがつくけどな」
「……ほう。今のはヒントですね?」
「ヒントだな」
「どうせ分かんねぇだろうけどな」カラカラと笑われた。なら絶対当ててやると決意を新たにもう一度ハサミをまじまじと見る。
変わったところといえば…、ダメだ。ハサミなんてどれも同じに見える。家にあるハサミもこんなやつだったと思う。まずハサミになにか違いとかってあるの?メーカーは当たり前として、部品だったりとかしたら私は絶対分かんないよ?早くも挫折しそうになった。私は案外短気な上に飽き性なのだ。
「他にヒントはあります?」
「なまえ、考えもしないでヒントを寄越せってのは無しだろ?」
「むう。なら分かりません」
「ったく…。あー、なまえにも関係はあるぞ」
「なんと。私もその答えの一部的なものですか」
驚いた。門田さんの答えに私も含まれているとは、なら尚更当てなければいけない。門田さんがハサミを持ち歩くようになった理由を。でも余計に分からなくなったのも事実。客観的にならまだ分かるかなと思ったんだけど、まさか主観的にならなければいけないとは。
「……答えはあるんですかこれ?」
「まああるにはあるが…。言えねぇな」
「考えてた意味は!?」
「なまえが勝手に考え出したんだろうが」
今まで考えてたことはなるほど、すべて無駄になったと。解せぬ。なんで始めっからそう言ってくれなかったのか。割と本気で考えてたんですけど。弄ばれた感が半端ないんですけど。
「……糸を切るには丁度いいんだよ」
「糸?」
「それだけしか言えねぇな」
肩を竦めて言った門田さんはそれだけ言ってまたシャキッと音を立てた。門田さんの言う糸が何なのかは分からないけど、とりあえず門田さんが満足そうに笑うのでそれでいいかと思った。
2016/01/29
お前に伸びる赤い糸なんか、
全部切れてしまえばいい