■ 田噛は睡眠をとりたい

鍛錬不足だと谷裂に言われ、でも体を動かすのは正直なところ面倒くさいので本を読んでシミュレーションでもしておこうと考えたのが一時間前。長ったらしい文字の羅列に眩暈を覚えながらも一つ一つ読み取っていく。
頭を動かすのは好きではないし、かと言って体を動かすのも好きではない。だけどそれじゃあ肋角さんに怒られるから、仕方なく事務作業を行っているのだ。時たま鍛練相手が見つからなかった谷裂に相手を任せられるけど、私は前線に立つ彼らに比べたらそれはもう弱い。今回も鍛錬というには粗末すぎるものに、私を見下ろす谷裂が眉を寄せてため息と共に零した言葉。それが冒頭の言葉である。
まあ実際鍛錬不足なのは否定しない。動く作業を私はしないもの。こればっかりは私のせいじゃないといいたいけれど、谷裂がそんな言葉を聞くわけもないだろうし、こうして私は大人しく本を読んでシミュレーションに勤しむのだ。


「…どうかした?」

「……」


本を読んでいる最中、ふと自身を覆うような影がかかって文字が見辛くなった。二、三回程体を動かして光を当てようとしたけど、影も同様に動くので諦めて顔を上げたらそこには田噛がいた。
声をかけても無反応で困った。一体全体何しにきたんだ田噛。膝に本を開いたまま置いて首を傾げてみせるも、田噛はお前自ら当てて見せろというような瞳をこちらに向ける。いや、私の解釈違いかもしれないけどそんな感じの目をしていた。


「平腹と喧嘩でもした?」

「……」

「痛っ!叩くことなくない!?」


どうやら違ったみたいで頭を叩かれた。手加減はされてるだろうけど女子に躊躇いもなく手を上げるとは…。コイツなかなか度胸あると思う。谷裂もそうだけど、佐疫の紳士らしさを見習えばいいと思うよ。


「えぇ…、じゃあ報告書手伝えとか?」

「……」

「あ、いや、待って待って。田噛は今日は非番だったもんね、そうだよね、外出してないよね。ごめんって、叩く準備しなくていいから手を降ろして」


これも違うらしい。ええ、本当に何しに来たの田噛。私はこれでも忙しいんだけど…、この本を読んでパワーアップしなくちゃいけないんだけど。具体的に聞かれると答えにくいけど、きっとどっかはアップしてんだよ。
先ほどから表情を変えない田噛を見上げながら無駄なことを考える。本当に次あたりで当てないと今度はグーパンされそう。それだけは阻止しないと。田噛は無気力なだけで力は平腹と同等だからね。流石伊達に阿吽とか穴掘りコンビとか言われてないよね。


「痛いっ!?」

「……」

「あーあー!ごめんごめん!余計な事考えてごめんて!でもちゃんと田噛の事考えてたからね!?」


振り下ろされた掌は先ほどと同じ場所に綺麗に入った。ここだけ禿げたらどうしてくれるんだコノヤロー。一生帽子脱げねぇだろうがバカヤロー。
無表情から一変、不機嫌そうな顔を隠しもしない田噛にそろそろ本気でヤバイと悟る。だからと言って解決策なんて思いも浮かばず、とりあえず田噛の機嫌を取ろうと腕を広げる。すると、まるでどこぞの掃除機かと吸い込まれるように倒れてきた田噛に目を瞬かせ、慌てて抱きとめてやる。…重い。


「ええっと、田噛?大丈夫?」

「……」

「あ、え?何?」


小さく小さく呟かれた言葉に焦って聞き耳を立てる。わんもあぷりーず田噛。


「…気付くの遅ェよ」


吐き出された悪態に内心、だったら早く言えよと思ったけど、数秒もしない間にうとうととし始めた田噛にため息をつく。体制を整えながら座り直して田噛の背中に手を回した。


「なまえ……」

「なに?」

「……とろくせぇ」

「うっさい。早く寝ろバカ」


寝る直前まで悪態でイラッときたけど、無意識にか知らんが擦り寄ってくる田噛が可愛かったからこれはチャラにしてやろうと思う。


2016/01/22