■ 孤爪に浮気してみる

「最近は連絡が少ない。会っても目ぇ合わせてくれないし、すぐにどっか行っちゃうし」

「うん」

「これはね研磨」

「……浮気してるかもしれないって?」

「That's right!」


研磨の部屋ではパチンッと良い音は鳴らなかったけど確かに指を掠った音はした。ビシッと人差し指を突きつけて、ゲームから目を離して私と向き合う研磨に不満を垂れる。
恋人である黒尾が冷たいと研磨に遠回しに言ってみれば、聡い研磨はすぐに私が何を言いたいか答えてくれた。


「なまえの思い過ごしだと思うけど」

「いやだって黒尾ってイケメンでしょ?」

「え、う、うん?」

「正直なところ、あのイケメンが私と付き合ってる事が信じられない」

「…自分のことでしょ?」

「あのイケメンがっ!?私とだよっ!?おかしくないっ!?」

「落ち着いてなまえ」


声を上げた私にそっと頭を撫でてくる研磨。少しばかり落ち着いて息を整える。うん、やっぱり研磨の傍は落ち着く。そうなればやっぱり悲しくなってくる訳で、ぐったりと体から力が抜けて床に突っ伏した。


「……まあ、いずれ捨てられるとは思ってた」

「捨てられてはないでしょ」

「きっとアレだ、魔が差したとかいうヤツだよ。今までとは違う雰囲気の女だから、みたいなノリだ」

「それだけ聞くとクロは最低の奴だね」

「いや黒尾はカッコイイし性格もそりゃあイケメンだよ?でもね、人間には飽きって言うのもあってさぁ」

「なまえは飽きる所ないと思うけど」

「…ううううっ、じゃあ研磨は私と付き合えるのかっ!?」

「うん」


シンッと私も驚くぐらいの静けさに怖くなった。待って。研磨さんちょっと待って。今なんか聞き捨てならない言葉が聞こえた。
頭は依然として撫でられたままで、ゆるゆると優しく撫でられて落ち着きそうになる。違う違う、今は落ち着いたらダメなヤツ。


「……研磨?」

「あ、勘違いしないでね。なまえだから付き合いたいんだよ?」

「いや、あの、ちょっと待って」

「なまえがクロと付き合う前から好きだったし」


淡々とした口調でそう言ってのける研磨に、私は顔が上げられない。絶対顔赤くなってるよこれ。言わなかったけど研磨もイケメンだからね?耐性がない私には辛い。


「傷心中なら今が狙いかな?って思ったんだけど」

「……」

「クロが浮気してるなら、なまえも浮気してみたらいいんじゃない?」

「……研磨と?」

「うん」


そろっと顔を上げると小さく笑った研磨は頷いた。な、なんというお誘い…。これは乗るべきか、乗らざるべきか。
ほとんど土下座の形で研磨を見上げてゴツッとまた床に額を落とした。


「黒尾にバレたら私が殺される」

「殺されないよ」

「知らないのか研磨。黒尾がどんだけ研磨のこと大好きか知らないのか」

「知らないし、知りたくもないかな」

「……秘密にできるかなぁ」

「できるよ」

「……もしかして研磨ノリノリ?」

「…ちょっと楽しい」


チラリと見上げた研磨は楽しそうに肩を揺らして笑っていた。うう…、研磨が楽しそうにしてるけど私は一つも楽しくない。生死がかかってるから笑えない。


「浮気する?」

「しないし、させねぇ」


研磨の部屋の扉を開いた黒尾に、肩というか全身が震えた。声に振り返ってニッコリと笑っている黒尾を見て私は悟った。嗚呼ヤバイ。今日が私の命日になるかもしれない。人の命ってなんて儚いんだ!


「確かに俺は研磨は大事だけど、なまえの事はそれ以上に大事にしてるつもりだったんだけどなぁ?」

「黒尾様のお気持ちをお察しできなくて大変申し訳ございませんんんんんん」

「あんまりいじめないでよ。でもクロが浮気してるんなら、俺にとっては好都合なんだけど」

「してねぇよ」


グシャグシャと髪の毛をボサボサにされるけど文句は言えない。凄い不満気な顔で研磨をじとりと見つつ圧力は私に全部かかってる。すごいなぁ黒尾、器用だなぁ(遠い目)


「いいよクロ、我慢せずに言っても。なまえは受け入れてくれるよ」

「だからしてねぇって。どうせ飽きられたとか余計な事考えてたんだろ」

「……黒尾、実は最初から居たりしない?」


意味深な笑みを浮かべる黒尾に青ざめて、サッと研磨の背後へと避難した。


「クロが鞭で、俺が飴はどう?」

「鞭も飴も俺がやるからほんと一回なまえ返せ」


研磨が私を庇いながらそう言って、そろっと黒尾を見て本日二度目の悟りを迎える。家に帰ったら物凄い説教されそうだ。


2016/01/14