■ くのたまと監視する竹谷

白く柔らかな肌に、大きな丸い瞳。形の良い柳眉は垂れ気味で、ふっくらとした仄かに赤を差した唇。細くたおやかな体は守ってあげたいと周りを思わせる。誰をも虜にするような彼女の甘い言葉とその物憂げな瞳は、全ての男を堕落せんとしていた。


「ある意味、天女様も忍の才があると思うよ」


ポツリとこぼした言葉に嘘はない。すぐ側にいた竹谷が苦笑して「確かに」と肯定するように頷く。真下に広がる、天女様を守らんとする深緑の忍装束を羽織った男達を監視しながらため息をこぼした。


「ここまで来ると異様だ。六年生がこうもあっさり堕ちちゃうなんて、先生達も苦労の種が尽きないなぁ」

「なまえ先輩も苦労してるじゃないですか」

「ううん。私はほら、くのたまの六年生な訳だし、可愛い後輩にこんな面倒事を任せられないし。何より学園長先生からのお達しだし」

「その可愛い後輩に俺達が入ってたりは…」

「しない」


竹谷の言葉をバッサリとぶった斬りつつ目線は下に向けたまま。私の可愛い後輩はくのたま達だけだ。いくら忍たまの下級生が慕ってくれたとしても、それは可愛いだけで後輩なんかではない。私は忍たまの先輩などになった覚えはない、彼らの先輩は忍たまだけだ。
視られている事に気付かないほどにまで堕ちたのかと、我が同期生ながら呆れ失望してしまう。常日頃鍛錬だと口煩い潮江は見ていられない程に頬を緩めている。気持ちはわかるけど竹谷はもう少し嫌そうな顔を隠そうか。


「……あの人達がもしもあのままなら、なまえ先輩が俺達の『先輩』になってくれますか?」

「私は君たちの先輩にはならないし、彼らがあのままなんてこともないよ。思い出しなよ竹谷。天女様はここに来たときになんて言ってたの?それから、学園長先生は最終手段として何て言ってたの?」

「天女様は還る場所があると。…誰にも見つからず還せばいいと」

「竹取物語のように天から迎えが来るのかも知れないよ。まあ天女様が還った後で、彼らが元に戻る保証なんてないけど」


少しだけ冷たい目をする竹谷に笑って茶々を入れた。やっぱり少なからず怒っているなぁと思いつつ、私個人としても怒りは多少ある。後輩達の手本としてあるべき存在が、惑わされて見っともない姿を見せるなんて言語道断。何もかもが終わったら先生達に手酷く稽古なり鍛錬なりつけてもらうべきだ。私からも進言しておこう。


「言ってることが違いませんか?」

「今の鼻を伸ばしてる彼らのままじゃないだけましでしょう。元に戻らなかったら、それこそ君らの先輩が一足早く卒業したと思えばいいじゃない」

「なまえ先輩のそういう所、俺は嫌いじゃないですよ」

「光栄だね」


冷たいと思われるかもしれないこんな言葉に、迷わず関心を示す竹谷に笑った。忍なんてものは何事も割り切って行動しないといけない。たとえそれが同期生として苦楽を共にした彼らの事であっても、私個人の気持ちなんて関係なく行動しなければないないのだ。


「こんな時に言うのもアレなんですけど…」

「うん」

「あの人達がいないんで言っちゃうんですけど、」

「うん」

「なまえ先輩が好きです」


六年生から視線を外して隣にいる竹谷を見る。驚いたことに竹谷も私を見ていて、更に驚いたことに竹谷があまりにも真剣な表情をしていて。
頬を薄く赤に染める可愛らしいその姿に少し笑って、傷んでしまっている髪に手を伸ばして撫でてやる。


「嬉しいよ」

「俺は今、なまえ先輩の何番目位ですか?」

「順位付けが必要なのか」

「気になるんで」


なかなかに積極的ではないかと内心動揺してしまう。撫でる手はそのままに真っ直ぐに向けられる視線を受け止めながら考える。


「……彼らよりは上位かな」


思ったことをそのまま言えば、竹谷は照れたように小さくはにかんだ。自分を好いてくれる人を、無碍にする程私はまだそこまで非道ではない。


「なまえ!なまえも一緒に遊ばないか?」


かけられた声に顔を向けて、ああ気付いていたのかと少しだけ驚く。野生のカンでも働いたかなと声をかけてきた小平太に首を横に降る。不安気な眼差しでこちらを見てくる竹谷に手を伸ばして、瞬時に握られた温かみに笑った。


「竹谷と遊びたいからお断りしておく」


え、と戸惑ったような声を無視して、嬉しそうな笑顔を浮かべる竹谷の手を引いて場所を変える。
背中を向けた私には、彼らがどんな顔をしているかや、竹谷が何を考えているかなんてわかる訳がなかった。


2016/01/11
五日後、天女様は忽然と姿を消したらしい。はてさて、誰が天女様のお還りをお手伝いしたのやら私には見当もつかない。