■ 幼馴染みの仗助は甘い

学生時代からの友人であった私の母と仗助のお母さんは、何の縁か結婚した家も隣どおしだった。先に生まれた私が三歳になった頃に仗助が生まれて、何だかお姉ちゃんになった気分で嬉しかったのを覚えてる。
ヒヨコのように私の後ろをついて回る仗助に合わせてゆっくり歩いてやれば、私の母と仗助のお母さんは「お姉ちゃんは優しいわね」と言って笑っていた。


「なまえちゃ…、なまえちゃん!」

「なぁに、仗助くん?」


小学校に上がった仗助は新しく出来た友達がいたというのに私に駆け寄ってきて、それが嬉しかった私も突き放すことなんてせずに受け入れていた。
中学生に上がった仗助は入部した部活が終わった後で必ず私の家に遊びに来ていた。私は部活はせずに勉強に精をだしていて、時折持ってくる仗助の宿題を手伝ってやったりしていた。父も母も共働きで、仕事が忙しくなって帰りが遅くなることが多くなっても寂しくなかったのは仗助のお陰だ。晩御飯も作ってくれたり、お風呂を沸かしてくれていたりと、部活で疲れているにも関わらず笑って「大丈夫」と言ってくれた仗助には本当に助かっていた。
中学生時代を勉強に費やし、無事に行きたかった高校に入学できた。父も母も喜んでくれて、仗助のご両親にもお祝いしてもらった。仗助には「おめでとう」と言われた後で「俺もすぐに行くから」と頭を撫でられて驚いた。いつの間にそんなに大きくなっていたんだろうか。


「なまえ」

「なぁに、仗助?」


高校三年生に上がると共に、仗助が入学してきた。嬉しそうに笑って駆け寄ってくる仗助に、何だかむず痒い気持ちになったものだ。
あれからずっと私の家に入り浸って勉強を教えていたからか、仗助の元からの理解力の良さと相まって学力等は私を軽く超えていた。これで運動もできるし家事全般もできる。素晴らしいスペックの持ち主だと思う。我が幼馴染みながら恐ろしい。
対する私はというと勉強以外がまるっきり駄目だった。本当に笑ってしまうくらいに家事ができないのだ。いや、洗い物や簡単な料理は作れるけど仗助に比べると恥ずかし過ぎるぐらい何も出来ない女の子だ。


「ねぇ、仗助。私もなにか手伝おうか?」

「んん?いーや、なまえはゆっくりしてていいッスよ。あとちょっとだから待ってて」


キッチンに立ってそう返してくる仗助に、ああ本来なら逆の立場なんだろうなぁと思う。言われた通り大人しく座って待っていれば、お皿に綺麗に盛りつけたパスタを持って仗助が「お待たせ」とテーブルに置いた。昔から顔立ちのハッキリした男の子だと思ったけど、こんなにイケメンになるとは。時間とは本当に恐ろしいものだ。


「ねぇ、仗助」

「ん?」

「流石に私も自惚れちゃうよ?」


フォークにくるりとパスタを絡みつけてそう言えば、仗助がきょとりとした顔をして顔を上げた。
本当はもっと早くに言うべきだった。それをしなかったのは仗助に嫌われてしまうのが怖かったのかもしれない。ああ、こんな勘違い女だったのかと呆れられたくなかったからなのかもしれない。でもこれで何も言わなかったら私がダメになってしまう。本当に、仗助がいなければ何も出来ないグズになってしまう。
じいっと向かい側に座る仗助を見つめれば、とろける様な笑顔を浮かべた。見たことのないその表情に息を呑めば、仗助は薄い唇を開いた。


「自惚れてくれよ、なまえのためだし」


照れくさくなったのか一瞬俯いて笑う仗助に、私はどう返してやればいいのか分からなくなった。私の反応に気付いたのかテーブルに体を乗り出して、そっと頬に手を添えてくる仗助はスッと目を細める。


「可愛い弟はそろそろ卒業できたッスか?」


たった今、まさにこの時間帯を持って、私にとっての出来た可愛い弟はいなくなったようである。目の前にいるのは一人の何の取り柄もない女に恋をしたただの男だった。


2015/12/29