■ 猫と一松と戯れる

街中で突然肩を掴まれ、そこから始まるラブストーリー。なんてものを昔の少女漫画でよく見かけた覚えがある。小学生の頃はそれはもうそんな出会いがあったら運命だなんて胸をときめかせていたのだが、いつまでも夢見る少女じゃいられないのだ。こんな有名な歌があった事もいずれは忘れ去られてしまうのだろうか。いとかなし。
前置きはさておき、前述した街中で突然肩を掴まれるといった通りのことが、この現実を見据えて夢も何もなくなった私の身に起きたのである。


「ひょっとして猫飼ってない?」


夢も欠片もないそんな言葉に間抜けにも口を開けてしまったのは笑える思い出である。三時間前のことだけど。ボサボサの髪に半開きの死んだ魚のような目をした恐らく二十代の男性は松野一松。そんな彼の好きなものは猫で、何でも私の服から猫の匂いがしたらしい。どんな鼻してんだこの人。


「おおっ……!」

「3匹だけ。…あ、その子はダメ。人見知りだから引っ掻かれちゃう」


彼のご明察の通り私は猫を3匹飼っている。といっても全部拾い猫で、3匹とも赤ちゃんの時に拾った子だ。いないですと嘘を言ったものの、いっそストーカーかと思う程にどこまでもついてくる彼に折れて仕方なく自宅へと招いた。玄関が開いた途端に駆け寄ってくる3匹に目を輝かせた一松さんに、慌てて一番小さな猫(ミケ)を抱き上げる。


「気にしない」

「いや、流石に怪我をされちゃ私も罪悪感というものが…」

「なまえが持ってたら大丈夫か?」

「まあ、多分大丈夫。…あれ、名前言ったっけ?」


私の疑問には答えずにそろりと優しい手つきで腕の中の小さな猫を撫でる一松さん。おお、警戒してるけどミケが受け入れてる。足元に擦り寄ってくる2匹を見下ろしてその頭を交互に撫でてから、場所を移そうとリビングへと向かえば2匹も同じように後ろをついてくる。一松さんは興味深そうに猫と私を見ていた。


「コイツら、名前あるの?」

「黒いのがクロ、白いのがシロ、この三毛猫がミケ」

「……ネーミングセンスねぇのか」


おい、ボソッと言ってるけど聞こえてるからな。他人の家だというのにも関わらず一松さんは我が物顔でカーペットに座り込んでクロとシロと遊んでいる。2匹も遊び相手がいて嬉しいのだろう、いつもよりテンションが高い気がする。ごめん、最近遊べてなかったもんね。ミケの頭を撫でながら様子を見ていれば、ふと顔を上げた一松さんに手招きされどうかしたのかと隣へと座る。驚いた顔をしていた。


「……警戒心ないのか」

「あ、え、うーん。正直この3匹のセコムは凄いからなんとも言えない」

「……」

「信じてない?昔空き巣に入られた時に3匹が撃退してくれて何も盗られてなかったんだ。部屋はまあぐちゃぐちゃだったけど」


あの時はもうびっくりしたなぁ。帰ったら家の中がグチャグチャで、でもいつも通りにクロ、シロ、ミケは駆け寄ってくるし。慌てて警察に電話して部屋中の物の確認したもんなぁ。


「なまえ」

「はい。…いや、てか、なんで名前知ってるの」

「猫好き?」

「大好き」


迷わず頷けばはじめて一松さんが笑った。穏やかそうなそんな優しい顔をして「そうか」と呟きながらシロを撫でた。ぎゅうっと胸が掴まれた気分である。これがギャップ萌えというやつなのか…?


「ミケが懐くまでここに来る」

「……え、」


言われた言葉に体を固まらせれば、クロとシロが一松さんに体を擦り寄せながら一声鳴いた。あ、もう2匹は一松さんに懐いたらしい。すごく満足そうな顔してるよ一松さん。


「……ちゃんとなまえにも会いに来る」

「……はあ、」


俯きながらそう言った一松さんに首を傾げるしかなかった。伸ばした一松さんの手がミケの頭を撫でて、ふと腕の中のミケを見下ろせば気持ちよさそうに目を細めていた。あ、これは懐くのもすぐじゃないかと思いながら、少しばかり一松さんが家に来るのを楽しみにしている私がいる。


「猫可愛いね」

「……ん。可愛い」


笑っていえば、外していたのだろうマスクをつけながら一松さんは頷いた。短い髪の間から覗く耳は赤く染まっていた。それより何で名前知ってんだ。


2015/12/13
高校生の時に一目惚れした彼女は、今でも可愛かった