■ 犬猿の仲な徳川と石田

ピンポーンとインターホンの音がして、鍵持って行ってなかったっけ?と内心疑問に思いながら急いで料理の手を止め、サッと手を洗ってから短い廊下を走る。バタバタと忙しない足音を立てて扉を開けば、そこには銀色の髪を風に靡かせた三成さんがいた。


「あれ、三成さん?どうしたんです?」

「大した用事はない。お前の顔が見たくなっただけだ」

「へ?」


我ながら間抜けな顔を晒したと思った。あまりにも突拍子もないことを言う三成さんが悪いと思うけど。上がるぞ、と声をかけられてほとんど強引に家の中に入ってきた三成さんに声を上げる暇もなく押し入られた。え、え、お仕事終わったんですか?


「あの、家康と約束でもあった…ひえ!」

「その男の名前を私の前で口にするのは許していないが?」

「あう…、ごめんなさい」


リビングのソファーに腰を落ち着かせる三成さんにギロッと睨まれて思わず情けない声が上がる。三成さんは目つき悪いからほんとに怖い。家康とは大違いだ。


「何をしている、なまえ」

「え?」

「早く来い」


腕を上げてこちらに伸ばしてくる手に戸惑いの声が漏れた。えっと、三成さんの隣に座ればいいのかな?でも家康からは迂闊に三成さんに近寄るなって言われてるし。でも断ったら三成さんが怒るかもしれないし。ならばと思い、三成さんとの間に少しだけスペースをとって座った。


「何故距離を置く」

「や、その…、何でもないです」

「何でもないなら早くこちらに寄れ」

「むむむ、無理です!察してくださいいいい」


半泣きでそう言えば三成さんは黙り込んで考えるように手を顎に添える。わぁ、スゴイ様になってる。スーツ着てるから余計にカッコイイ。


「三成さん?その、やっぱり家康に電話します?」

「……口にするなと言ったはずだが?」


ギロリという音が出そうな程に睨まれて息を呑む。悲鳴も出ないってどういう事なの。きっと私の顔色は青一色なんじゃないかなと思うほどに血の気がない。三成さんの細くも逞しい腕がこちらに伸びていよいよ私も覚悟を決めた。殺される!


「…う、は、……ひっ」

「守り事も容易く破るなら仕置が必要だなぁ?」

「あ、三成さ、……やめっ」


首筋にがぶがぶと噛み付いてくる三成さんに眩暈がする。何で何で、なんでこうなったの。私が悪いのこれ?
三成さんの体を押し返そうとしてもビクともしないし、噛み付くことから強く吸う行動に移るし、これは家康に見られたら私は殺されるんじゃないのかな。やだやだやだ、やめてやめて。変な声が出そうになる私を誰か止めて欲しい。するりと服の裾から入ってきたひんやりと冷たい手のひらにぎゅっと目を閉じた。


「ああ、全く。手癖の悪い狐だ」


軽い音では済まされない音を響かせて腕を振り下ろした家康は微笑んでいた。いつからそこにいたのか全く分からなかった。気配にいち早く気付いていた三成さんは容赦なく振り下ろされた拳を避けている。おかげでソファーの背もたれがまあまあ悲惨なことになっているがどうすればいいの。


「三成、それはダメだ。許さない。なまえはお前のものじゃない」

「だからといってお前のものでもないはずだが」

「いい加減、現実から目を背けないでくれ。なまえはワシの妻だ」


家康の言葉に眉を釣り上がらせた三成さんは黙りこんで家康を睨んでいたが、やがてするりとソファーから降りて鼻で笑った。家康の大きな手が素早い動作で私の肩を抱く。やばい、熱い、顔真っ赤になる!


「なまえが貴様のものになることを許可した覚えはない。いずれ私が迎えに行く。それまでの間は預かっているだけだと思え」

「……もう一度いうが、なまえはワシのものだ」


肩を抱く力が強くなって少しばかり痛いけどこれは口を出しちゃダメなやつだ。我慢はできるから大人しくしておく事にする。
三成さんはもう一度鼻で笑ったあとでサッサと家をあとにしてしまった。大きなため息をついて私と向き直る家康にビクビクと体が震える。怖い怖い、何言われるかわからない。


「……怒ってない?」

「怒ってないさ。大方、三成が押しかけてきたんだろう?」

「そ、です」

「なら仕方ない。アレを止めるのはなまえの力じゃ無理だ」


笑って家康は言うけれどこっちは全然笑えない。家康、あなた鏡見てきて。すごい目が笑ってないから。すごくヒヤッとした目つきをしているから。


「嗚呼…、本当に憎たらしい。痕が残ってるじゃないか」

「え、あぁ…噛まれたから…ひぁっ!?」


ツツツッと首筋に指を這わせていた家康が、先程の三成さんと同じように首筋に舌を這わせて同じ場所だろうそこに歯を立てる。痛い痛い痛い!かなり強く噛まれてる!?
ポロポロと勝手に涙は出てくるけど家康は特に気にした様子もなく、それどころか可愛いなとか言ってくる始末。どこが可愛いんだ!痛みで必死に悲鳴を押し殺してる顔のどこら辺が可愛いというのか!


「なまえ、ほら、顔を上げて。…そう、いい子だ」


優しく頭を撫でてくる家康はとても穏やかそうな顔をしてるのに、その目は確かに熱で溶かされきった目をしていた。


2015/12/12