■ 六つ子は喧嘩が強いらしい

私には六つ子の幼馴染みがいる。兄弟の仲はまあまあ、程々に良いっぽい。双子や三つ子だけでもけっこう驚かれ、好奇の目にさらされるというのに、六つ子というのだから更に目立つ。小学生の時はまだまだよかった。珍しいねぇとか、凄いねぇとかっていう言葉で終わるのだから。中学生の時もまだよかった。見慣れた人たちで囲まれていたから流石六つ子とかって騒がれる程度。
異変が訪れたのは高校生になってからだった。私は何の縁なのかはしらないが、六つ子と同じ高校に入学した。周りは小中とは違って全く知らない人たちばかりで緊張したものだ。やはり初めて見る六つ子の彼らに、周囲の人間は興味を持ち凄いなぁと関心を示した。彼らの個性が出だしたのも恐らくこの辺りからで、行動や部活は一人一人違っていった。


「そりゃ違うだろ。似る部分はあっても、好みとかは違うっての」


笑ってそう言った長男にそれもそうかと納得した。
興味や関心ではなく、彼らに敵対心を持つものが現れたのは入学して三ヶ月程たった時のことだ。喧嘩慣れなどしているはずもない彼らは見事にボロボロになって私の家の前で並んで立っていた。


「フッ、辛勝だ。なまえは傷のある男も好きだろ?」


カッコつけて長男を肩に担ぐ次男を見て、慌てて家の中に全員引っ張り込んだ。一人ずつ手当していくと分かったのは、自分の手が予想以上に震えていた事と痕が残る傷が多数あること。それを伝えれば六つ子は声を揃えて男の勲章だと笑うのだからどうしようもない。
日に日に喧嘩は増えていき、手当する腕にも磨きがかかっていった。震える手はなかなか抑えられないけど。


「ごめんね、無理しなくていいよなまえ」

「…泣くな。鬱陶しい」


手当している最中に思わず泣いてしまって三男に頭を撫でられ、四男にはぶっきらぼうな言い方をされたけどハンカチで涙を拭ってくれた。力が強すぎて擦り傷になった。
喧嘩が更に三ヶ月続いて来た頃には彼らも慣れてきたらしく、怪我をすることが少なくなってきていた。安心する反面、どんだけ強くなったんだと若干引いた。松野家六つ子を敵に回せば死ぬ、だなんて言う噂までたったくらいだ。


「なまえちゃーん!帰ろ!帰ろ!」


五男の大きな声に振り返ればぴょんぴょんとその場で飛び跳ねて鞄を振り回していた。その頃から私の帰宅時には六つ子の誰かが一緒に帰ることが暗黙の了解になっていた。どうしてかと尋ねれば、六男は少しだけ悩んだように手を顎に当てて答えてくれた。


「ちょっと危険というか…。なまえちゃんはいっつも一人で帰ってるから心配なんだよね」


からかわれていると思って不機嫌になったのはまあいい思い出である。帰宅ぐらい別にどうってことは無いというのに。そんな甘ったれた考えを私は持っていて、六つ子がどんな考えをしているのかなんて知りもしなかった。
頭がズキズキと痛む。目を開けたのにも関わらず視界が真っ暗なことに恐怖を覚えた。両腕は背中に回されて縛られて身動きが出来ない。ひやりと冷たいものが背筋を通って小さく悲鳴を上げれば、聞いたことのないまだ若そうな男達の声が聞こえた。


「起きたんだぁ。悪いんだけどさ、松野の仕返しの為に利用させてもらうな?」

「俺らこの前ダチをやられちゃってさぁ、メンツ丸潰れなわけよ」

「終わったらちゃぁんと解放してあげるから大人しくしててな」


嘘つけよ!と品のない笑い声を上げる男達に恐怖よりも吐き気がした。こんな男達に好きなようにされてたまるかと内心毒を吐きながら、必死に体の震えを抑えようと務める。怖がるな怖がるな。こんな男達に弱みを見せるな。それでも不安で仕方なく目隠しをされている布がじんわりと湿ったのがわかった。泣きたくないのにどうしようもなく不安に駆られて涙は勝手に出てくる。そんな時に六つ子のヒーローはやってくるのだ。


「なまえいますかー?」


そんな長男のいつも通りの声色と、ゴシャッと何かを押し潰したような、二つのアンバランスな音が耳に届いた。ざわりと男達が騒ぎ始め、私は思わず声を上げた。


「助けて!」


本当に怖かったんだと思う。叫んだ瞬間に男達の一人がうるせぇ!と声を荒らげて頬を叩かれた。女の子には優しくしろと習わなかったのか。こんなやつ将来頭の天辺から禿げてしまえばいい。口の中が切れて鉄の味が広がって嫌な味にちょっと口から出た。気持ち悪かった。
ブツリとそんな音が聞こえた気がした。六つ程。その後直ぐに聞こえたのは男の怒号と悲鳴と何かを殴るような音。目隠しされていて良かったと心底そう思った。


「なまえ、」


暫くして静まり返った所に聞こえた六つの私を呼ぶ声。見えないままに顔を上げれば、そっと両腕が自由になって目隠しを取られた瞬間に下三人が飛び込んできた。とりあえず三人の頭を撫でておいた。


「なまえ、今回の事はほんとごめん。油断してた」

「少し目を離した隙に連れ去られたんだ。全く俺のお姫様は誰でも誘惑して困るぜ」

「お前ェのじゃねぇからな。…悪い、怖い思いさせたな。こんな事ないようにもっと注意しとく」


上三人がこうなった経緯を説明してくれた。申し訳なさそうな顔にこっちも申し訳なくなる。迷惑をかけてしまったのではないかと考えて、顔を俯ければ下三人に覗き込まれた。


「今は泣いていい。好きなだけ泣け」

「ごめんねぇ。僕ちゃんと見とくから、怖かったよね」

「迷惑とか思ってないからね。女の子を守るのは当たり前のことなんだから」


どうして思っていることがこんなにも伝わるのだろうかと考えて、ポロポロと出てくる涙に顔を抑えた。助けてくれてありがとうと泣きながら言えば、六つ子は笑ってどういたしましてと答えるのだ。


「……グスッ、返り血ひどいよ六人とも」


鞄からもう常備しているタオルを六人分差し出せば、六つ子はへらりと笑ってそれを受け取った。
そんな出来事があって以来。六つ子は暇さえあればウチに来るようになった。成人した今でもそれは変わらなく、時折晩飯をつくれとやってくる。なんて図々しい奴らだと思いつつも、六人分しっかりと作る私はまあ、六つ子のことを結構好いているのだと思う。


2015/12/07