■ 黒尾と伏兵の赤葦

私は黒尾鉄朗が好きである。こんなもん隠す事でもないので公言しているのだが、本人は照れてんのかすごい冷たい反応をいただく。まあそれも別に気にならないから好きだアピールを毎日続けてるんだけど。あ、訂正。学校無い日はアピールしてない、流石にストーカーの部類まではいってない。会ったときに好きですって言ってるけど、向こうはだいぶ遠くの方から私を視認すると逃げていく。まったく、照れ屋さんめ!
こんな事を言っておいて何なのだが私はとても単純で馬鹿で面食い女なのである。イケメンを見ればとりあえず連絡先交換したいと思うほどには面食いだ。イケメンはいいよ。目の保養にも癒しにもなるからね。そんな私のイチオシさんは黒尾鉄朗で、今まで出会った中で一番顔がかっこよかった。イケメンなのだ!
さて、長ったらしい前置きはここら辺で終わろうと思う。私も頭が良いわけじゃないので後はとりあえずイケメンはいい!と言うしかないのだ。私に足りないのは語彙力とかそんなんだ。
先日の休日の話である。友人との待ち合わせで街に出たら何と驚く事に初のナンパをされたのだ。正直顔が好みじゃなかったので適当にあしらっていたのだが、なかなか食い下がらなくて心底困った。早く友人来てくれないかなと切実に思いながら、何回目かの誘い(ほんとにしつこかった)を断ろうとした時だった。


「遅れてごめん。行こうか」


知り合いでもない、ましてや見たことも無いややつり目の男に手を引かれてその場を離れた。ナンパしてきた人は驚いた顔をしていたけど、手を引いた男は平然としていた。うわ、カッコイイ。こんな所でも私のイケメンセンサーは働いた。


「あの、」

「ごめん。でも困ってるみたいだった」

「あ、いや!それはありがとう!助かりました!」


表情を変えずに一言謝ったイケメンに慌ててお礼を言って、それじゃあとそのまま去ろうとするイケメンを慌てて引き止めた。助けてもらったお礼はしたいのである!別にいいと言っていたけど私が引かなかった事もあり、イケメンは少し困ったように目を伏せて飲み物を奢ってくれたらそれでいいと言った。
マジかよそんな簡単なもんでいいのかの思ったけど、その時の私は急いで自販機に行って何買えばいいのか分からなくてイケメンの元に戻って聞きに行って、そして買いに行くも注文の品がなくてまた戻ってを繰り返した。いや、品揃え悪すぎる自販機が悪い。
イケメンは次第に面白くなったのだろう、小さく吹き出して笑った。そして私はそんなイケメン、基赤葦京治という一つ年下に惹かれたのである。


「赤葦くん超かっけぇ!」

「オッケー、分かったから落ち着いて」


赤葦くんと別れて待ち合わせ場所が変わって、合流した友人に事のあらましを一時間かけてじっくり話した。そしたら落ち着くよう促され、友人に微妙な顔で黒尾はどうしたと尋ねられる。


「いや、黒尾は今でもカッコイイ。でも優先順位っていうか赤葦くんが今、私の中でトップの座にランクインしてる」

「あー…、そっかぁ……何のランクだぁ……」


もちろんイケメンのに決まってんだろ!その時の友人のなんとも言えない遠い目をした表情を私は一生忘れないだろう。すっごい変な顔してた。
それが先日の休日の話であると、あれだけ私の姿を見て逃げていた黒尾に何故か壁に追い詰められてそう話していた。ふーんと至極興味無さそうな反応をされた。おい、おい、お前が聞いてきたんだろ。でもやっぱ間近で見たらかっけぇな!赤葦くんには現時点負けてるけど!


「や、あの、黒尾?いや、様?」

「いや、黒尾でいいケド」

「相変わらずのイケメンフェイスを間近で見れるのは嬉しいけど、どったの?何かあの、近くない?」

「……赤葦と知り合ったのか」

「すっげぇカッコイイんだよ赤葦くん。表情あんまり変わんないんだけどね、ちょっと笑った時なんかほんともうイケメンありがとうございます」


へにゃへにゃ笑っていれば舌打ちされた。え、なに、怖い、何で?いくら黒尾がイケメンだからといって舌打ちとかはヤバイよ。怖すぎるよ。


「連絡先とか」

「向こうから交換しようって言ってくれてさ、返事は当たり前だけどイエスだよね!毎日連絡してるよ!」


舌打ち。二度目の舌打ちいただきましたー、超怖い。でも赤葦くん無視しないし、落ち込んでたりしたら慰めてくれるんだよ。彼女でもない私に。やっぱかっけぇよ赤葦くん。


「もう何なの。なまえって俺のこと好きじゃなかったっけ?」

「え、え、好きだよ?今でもすごい好きだ」

「赤葦は?」

「大好き」

「剥ぐぞ」

「何を!?」


ホントの事言っただけなのに!黒尾はイライラしてるみたいで、何回か髪の毛グシャグシャにしてる。髪の毛乱れててもカッコイイな!毎日寝癖でグシャグシャだけど!


「顔が良ければなんでもいいのかなまえは」

「む、う、…いや、…うん。自他ともに認める面食いだし」

「なまえは俺を弄んでたのか」

「ごめんちょっと意味がわからない」


いや、私黒尾を弄んだ事無いし。どうした黒尾。いきなり壁まで追い詰めるし、目の前で舌打ちするし、私から逃げてないし。今日の黒尾はおかしいぞ?
まじまじと見上げていれば不機嫌そうな顔を隠そうともしないで首筋に擦り寄るように額を押し付けられた。うわうわうわ!イケメンフェイスがこんなっ!こんな所に!?やっべぇ!私には刺激が強すぎるぜ!?


「くくく、黒尾!?どうしたこれ!一体何があったの!」

「うっせぇ」

「アッハイ」


結構マジに怒られた。いや私もマジに焦ってるんですけど。なにこれ黒尾さんどうしたの。
動かずにいること数秒、私のスカートのポケットからピコンと着信音。反射的にそれに手を伸ばして携帯を確認すると映し出されていたのは赤葦くんの名前で。思わずそれを開こうとする前に伸びてきた手に奪われた。


「あぁ!」

「……チッ、パスワードかけてんじゃねーよ」

「ちょっ、今日の黒尾ホントにおかしい!」


返せ私の携帯!手を伸ばすも背の高い黒尾から奪い取るのは難しい。チクショウ!赤葦くんからの連絡が!


「……伏兵とかいらねぇっての」


心底忌々しそうな声でそう言った黒尾は、一瞬だけ苦しそうな顔をして私の伸ばした手を掴んだ。引かれて飛び込んだのは黒尾の胸元で、正直自分が息してるか分からないまま気絶した。


2015/12/05