■ 助けてくれるサイタマ

自分では軽く殴ったつもりの怪人がまあまあ高いビルにぶち当たって派手な音を立てて呆気なくも崩れ落ちていく。
ぼうっとそれを眺めていて、ふと見た事のあるビルだなぁなんて考えて思考を巡らせる。あ、やべ。崩れ落ちるそのビルに下半身をバネのようにして飛ぶ。「先生!?」とジェノスの声が聞こえたけど構ってる余裕はなかった。地面が若干めり込んだ気がしたけどまあ大丈夫だろう。どうせ今から崩れる建物で見えなくなるだろうし。
恐らくビルに居たであろう多くの市民は逃げているハズだけど、逃げ遅れて怪人の手にかかった者の死体も少なくはないがあった。弔ってやる時間なんてものはなく、目的の人物を探す。


「なまえー」

「……わぁ、サイタマだ」


嫌にハッキリとした声に振り返れば、顔や体に軽い擦り傷を負ったなまえがいた。スグになまえが伸ばす手をとって、崩れるビルの中から逃げ出した。ちょっとヒヤッとした。
なまえが着ている黒いスーツはところどころ破れているからそっとマントで隠してやると、クスクスと笑って「ありがとう」となまえが言う。そんな事よりまず逃げ遅れるなんて事がないようにしてほしい。なまえにとっては軽い問題なんだろうけど、俺にとってかなり深刻な問題である。いっその事仕事も何もしなくていいから俺の家にいてくれと言ったことがある。そうしたら、


「だってサイタマは私がピンチの時は絶対来てくれるじゃない?」


そうして今のように笑って言うのだ。
ジェノスに怪我した腕に絆創膏を貼られているなまえを見ながら、その頭に手を伸ばす。ぐしゃりと撫でればクスクスと笑い声を上げる。
俺とは比べ物にならないほどに弱い上に女であるなまえは、俺が死んでも守らなければならない存在なのだ。


「塗り薬だけでいいよ?」

「駄目です。先生が助けてくれるとはいえ、なまえさんは危機管理能力があまりにも低いと思います」

「うーん。でもピンチの時に助けてくれるサイタマはねぇ、すっごいカッコイイんだよ」

「……そのピンチに、もし先生が間に合わなかったら、」

「ジェノス」


ふにゃりと笑うなまえに、ジェノスが少し表情を固くして言うそれを制した。ハッとした後で小さく「すみません」と言って席を立ったジェノスの背中を見送る。オイル交換でも行くのかな。


「サイタマー、ぎゅうっ」

「おおお」


真正面から抱きついてくるなまえを抱えるように背中と腰に腕を回す。あったかい。


「間に合わなかったら、まあ、その時は天国とかそんな所で待ってる」

「…間に合わねぇとかねぇんだよ」

「うん。だから、もしもの話」

「もしもない」

「…うん」

「ヒロイン助けんのはいつだってヒーローだろ」


我ながらクサイ台詞だと思ったけど、ぐずりと聞こえた鼻をすする音に小さく笑った。なんだ、やっぱり不安だったんじゃねーか。よしよしと頭を撫で続けていれば、涙腺が弱くなったらしいなまえは泣いた。


「もぉぉぉ、そーいうとこが好きなんだよぉぉぉ」

「おーおー、今日は疲れも溜まってたんだなぁ」

「後でイヤってぐらいキスしてやる…」

「んー、音をあげんのはそっちが早いだろ。いつも」


涙声に混じるその言葉に笑い声を上げて、気付かれないようにその頭にキスを落とした。


2015/11/08