■ 平腹が帰りを待つ

なまえの姿が見えない。昨日も一昨日も、そのまた前の日も一緒にオレと行動していたのに。首を傾げて辺りを見回すも当たり前の事になまえの姿は見えない。


「…お、佐疫ィー!」

「あれ、平腹?どうかしたの?」


任務の書類か何かを腕に抱えた佐疫の姿に声をかければ、こちらを振り向いて首を傾げる佐疫。温和そうに見えて怒らせたら怖いんだよなぁ。


「なあなあ、なまえ知らね?朝から見てねーんだけど」

「え、なまえは…ああ、そっか。平腹は知らないんだったよね。なまえなら肋角さんから頼まれて現世にお使いに行ってるよ」

「えーっ!?なんでオレ知らされてないの!?おかしくね!?」

「平腹が現世に行ったら無駄な浪費が多くなるからって災藤さんが止めたんだよ」


佐疫が困ったように笑って仕方ないって言うけど、全然納得いかない。
オレちゃんと我慢できるし!ただちょっといろんなとこ見て回るだけじゃん!…なまえも何でオレになにも言わずに行っちゃうかなぁ。
佐疫とはそこで別れて頭の中でいっぱいいろいろ考えて適当に足を動かしていれば寮が見えた。オレとなまえじゃ性別が違うから部屋は別々だけど、ナイショで行き来してる。オレの部屋でゲームしたり、なまえの部屋で飯食ったり。あ、そーだ。仕事があるんならなまえのこと部屋ん中で待ってたらいーんじゃん!


「お?」


ドアノブを回す。すんなり開いた扉に首を傾げる。アイツ鍵は毎回かけてたはずだったよなぁ。急いでたのかな。…でもオレに何も言わずに行ったのは駄目。どれだけ急いでてもちゃんと言いに来いよなぁ。
女の割にあっさりとした部屋だなぁと改めて思う。田噛が読んでた雑誌には、女はもっとゴテゴテ?したような部屋に住んでるって言うイメージだったから、なまえの部屋はえらくシンプルだと思う。でもオレは好き。なまえの部屋はなまえの匂いがして落ち着くから。
もう何度も来たことのある部屋だから適当に座って、配置されている本棚から漫画を数冊取り出す。なまえは優しいからオレの好きな漫画を置いて、オレが暇にならないようにしてくれてる。ゲームは流石に置いてないけど、まあそこは我慢する。


「……まだかなぁ」


ポツリと呟く声は嫌になるほど部屋の中に響く。自然眉が寄って、面白いはずの漫画もつまらなくなって放り投げた。なまえの部屋はいつも通りのはずなのに、全然面白くない。むしろつまらない。
田噛のとこにでも遊びに行こうかなぁと考えて、目に映ったベッドに動きを止めた。何も考えずに近寄って、そっと伸ばした手で触れる。当たり前だけど、布団は柔らかくて触り心地が良かった。だから布団に潜り込んでみた。息をすれば鼻から入ってくる空気は全部全部なまえの匂いで、肺いっぱいになまえの匂いで埋め尽くされるんじゃねぇかななんて考えて、なんかよく分かんねぇけど笑った。
布団にくるまりながらしばらくしていると、視界が狭くなってきてることに気付いた。うーん、昨日はいっぱい寝たんだけどなぁ。おかしいなぁ。
答えのでないそれをうんうん考えていれば、もう考えるのも、田噛じゃねぇけど面倒くさくなって目を閉じた。
起きてなまえが居たらもうそれでいいや。なまえの匂いに包まれながら、オレは帰ってきたなまえに起こされるまで眠り込んでいた。


2015/10/25
起きたら呆れた様な笑顔を浮かべた彼女がいた