■ 伏黒と出掛けたら五条が拗ねた
何時だったか、商店街の福引で当たった水族館のペアチケット。こういった福引は、失礼だけど当たらないような細工がしてあると考えていたのだ。見事にその考えは覆されたわけだけれど。まあ欲を言えば水族館のチケットよりも、日持ちのする食料品の方が当たって欲しかった。笑顔でチケットを渡してくる係員の後ろ、簡素な折りたたみ式のテーブルに並べてある食料品に思わず視線を向けてしまったのは仕方ない。私は花より団子なのだ。
さして水族館に興味も無くそれから日は経ち、部屋の掃除中に偶然見つけたチケットの期限はすぐそこまで迫っていた。使わないのも勿体ないかとチケット片手に少し悩み、手近に置いていた携帯を指で叩く。三回目のコール音の後、テンション高めの声が耳に届いた。
「やっほー、なまえ。お前から電話なんて珍しい」
「こんにちは、五条。突然だけど次の土曜日は空いてたりする?」
「土曜日?ン、ちょっと待って。……あー、ゴメン。その日は呼び出し食らってんだよね」
「そっか。うん、ならいいや。こっちこそ突然ごめん」
「え、超気になるんだけど何かあった?」
「気にしなくていいよ」
多少の下心はあったけれど、流石に上に逆らうほど大事な用件でもない。食い下がる五条を誤魔化しながら、仕事中だったらしい彼にもう一度謝って何とか通話を終了した。さてどうするかとチケットを裏返したり眺めたりしてみる。本当なら五条と行けたら良かったのだけれど、先に予定があるのだから仕方ないし、かといって一人で行くのは寂しいものがある。暫くまた悩み、先程よりも大分迷って画面に指を滑らせた。
「恵くんが付き合ってくれるとは思わなかったなぁ」
「この近くの本屋に用があるんです。丁度いいと思って」
「彼女が出来た時の予行練習にもなるね?」
「……まあ、そうですね」
休日ということもあってカップルや家族連れが多い。ライトアップされた水槽の中を色鮮やかな魚が横切っていく。ガラスに反射して映る私の隣には、少し血色の良くなった恵くんが立っていた。
始めは硝子を誘ったのだけれど、硝子も別に用事があるらしく。そうしてダメ元で一年生に声を掛けたらまさかの恵くんからOKを貰ったのだ。薄暗い館内を歩く恵くんは興味深げに水槽を見渡していて、楽しんでもらえている様子で少し安心する。誘った手前、つまらないと思われては此方としても申し訳ないから。
「虎杖くんや釘崎さんにお土産買って行こうか。何が好きとか聞いてる?」
「買ってこいって言われたメモあるんで」
「用意周到だ」
「なまえさんは買わないんですか?」
「え、ああ、硝子に?そうだなぁ、硝子は甘いものとか苦手だしなぁ」
「いやなまえさんからなら甘い物でも受け取ると思いますよ。じゃなくて、五条先生にです」
「え、うーん、まあ五条のは適当に甘いものでいいかなぁ?」
一通り館内を回って、お土産コーナーで二人顔を見合わせる。目を丸くする恵くんが可愛くて、思わず頭を撫でたら拗ねたように視線を逸らした。手を払わない所を見るに、心を許してくれているらしくて嬉しい。メモにあるお土産を大人の財力に物を言わせて購入し、次に恵くんが行きたいと言った水族館近くにある本屋に足を運ぶ。数冊の本を抱えて会計に向かう恵くんを引き留め、渋る恵くんを無視して財布を出す。これはせっかくの休日に付き合ってくれたお礼でもあるのだ。
「はい、コレお土産」
「え」
「バターサンド、甘いもの好きでしょ」
「いや、なまえ、コレ、どこで買ったやつ」
「水族館。恵くんと行ったんだけどさぁ。久し振りに行くと楽しいね、ああ言うの」
「なんで僕と行かないの!?」
恵くんを寮まで送り、ついでにお土産を届けにいくかと廊下を歩いていたら丁度五条がいたので、彼用に買ったお土産を渡す。説明を求められたので福引きとチケットの有効期限と五条の呼び出しを説明したら、お土産を抱えてしゃがみこんでしまった。五条がそんなに水族館が好きだとは思わず、硝子にあげる予定だったペンギンのキーホルダーもいるかと聞いたら無言で手を差し出された。いるのか。ごめん硝子、私が食べる筈だったクラゲがプリントされた大福をあげるから許してくれ。
「……かわい」
「うん。五条が持つには随分可愛いキーホルダーだと思う……」
「恵と選んだの。仲良く。顔見合せたりして。なんで僕予定あった訳?謀られたよねコレ?今なら完全犯罪出来る気がする。僕やればできる子だし」
「そんな不穏なやる気スイッチ押したつもりは無いんだよな。あ、そうだ、写真もあるよ。ホラ、サメと伏黒くん」
「なまえのスマホに僕以外の男の写真があるの無理なんだけど。え?消してもらえる?我が生徒ながら凄い楽しそうなのが更にムカつく」
「なんで消さなきゃいけないの、嫌だよ。さっきから五条は何目線で言ってるんだ」
「なまえの彼氏目線?」
ちょっと自惚れが過ぎたなと直ぐに撤回しようとしたら、爆弾を落とされて閉口してしまう。付き合った覚えないぞとすぐに口にすべきだったのに、あまりにも当然のように言われるから何故か気恥ずかしくなって顔を手で覆う。からかわれているだけだと分かっているのに、五条の言葉が嬉しくて上手く言葉が返せない。重症。
「……、付き合った覚えないぞ」
「え、そこまで照れといて取り繕うの?なに?素直に僕の彼女になりな?そんでデートしよ。仕事終わりのご飯とかじゃなくて、ちゃんとしたデート。僕、なまえのデート服見たことないし。ね、デートしよ」
「……デートデート言い過ぎ。あとその、わたし、五条が好き、……です」
「………………僕を殺そうとしてるな???」
多分真っ赤だろう顔を上げて、けれど伝えたかった言葉を五条に向ければ、数秒の間の後で心臓を抑えて物騒なことを言われた。そんなつもりは一切無い。
2021/01/28
元ネタ、other「対抗心を燃やす五条」