■ 拗ねる波羅夷は並びたい
私の一歩後ろをついてくるような子だったと思う。小さい時は守ってやらねばとお姉さん心でそれはもう猫可愛がりしていて、空却くんもそれに甘えていたように思う。それも空劫くんが小学校を卒業するぐらいの時になくなったけれど。思春期と言うやつか、自分よりも幾つか年上に可愛がられるのは恥ずかしいのだろう、若しくは好きな子でもできたのだろう、そんな考えでその時は寂しく思いつつ良しとした。私も高校受験が忙しかったり彼氏が出来たりと、空却くんに構うことも出来なかったしこれはちょうどいい機会だったのだ。
つい先日、仕事の関係で実家に帰り久々にナゴヤを散策していたのだけれど、その時に随分と成長した空却くんとばったり会ったのだ。イタズラ小僧でも人の感情には聡く優しい空劫くんが、まさかヒプノシスマイクを手にバチバチのバトルをするようになってるとは思わないじゃないか。
「おお?アンタが腐れ坊主に散々迷惑かけてたっていう女か?」
「シッ!!!」
「え、あっ、…ごめんね?もう会わないようにするね?」
「違ぇ!!テメッ、銭ゲバ弁護士!勘違いさせんなや!!!!」
「あー?お前が言ったんじゃねぇか」
「ご、ごめんね…」
「違う!!!!なまえは拙僧の言葉だけ聞いてろ!獄はもう向こう行け!」
天国さんと呼ばれる人からの衝撃的過ぎる発言に心は折れた。可愛がってたつもりが迷惑行為になっていたなんて…。もうダメだ。お姉さんの心はバキバキだ。一人にしてください。早口でそんな言葉をブツブツ述べていたら両肩を捕まれ、鋭い眼光が私を射抜く。うわーん、今時の少年怖いー。天国さんホントに向こうに行っちゃった。助けてくれるかもなんて期待は出来そうにない。
「アレはそのっ、誇張して教えたっていうか」
「否定じゃないのは肯定と一緒だよ空却くん…」
「拙僧はアンタの甘やかし方が好きだ」
「はひ、直球。…無理してない?空却くん優しいから」
「拙僧の言葉だけ聞けって言っただろ」
ほんのり赤くなった空却くんは拗ねたように口を尖らせて視線を逸らす。可愛い。思わず赤い頭に手を伸ばしそうになるけど、19歳の男の子にそう気軽に触れていいものか。逡巡したあと、空却くんの許可が出るまでは我慢しようと思う。
とりあえず肩にかけられた手を離してもらう。その際「逃げんなよ」と低い声で脅されたんだけど、私に対してどんなイメージ持ってるの?空却くんを可愛がってたから、自分から離れるってことはしたことない気がするんだけど。あ、いや、迷惑行為でした、はい。そこの所訂正します。
それにしても空却くんってばちょっと見ないうちにカッコよくなっちゃってまぁ。目つきが悪いのは昔からだったから少し見慣れてしまえばどうってことは無い。私は案外図太い女なのかもしれない。
「…あんま見んなや」
「み、見るのも許されないの…」
「そうじゃねぇけど」
「…久し振りだねぇ空却くん」
「おう。なまえはやつれたか?えらい顔してんぞ」
「ん、今のお仕事が朝早いからかなぁ」
遠慮なく伸ばされた手がふにふにと私の頬をつまんでくる。思ったよりも温かい指先に笑みがこぼれつつ、好きにさせてやる。一時は離れてしまった距離が再び近付いてる気がして嬉しい。私も撫でていいかなぁと手を握ったり開いたりしてたら、気付いたらしい空却くんが握ってきて目を見開く。そういうつもりじゃなかったんだけど、言うのもなんか違う気がして、でも空却くんの頭を撫でてあげたいんだけど、うーん、どうしよう。
「ちっせぇ」
「ううん、空却くんもそんなに大きくないでしょ」
「おみゃーは拙僧をキレさせたいんか」
「…いひゃい」
頬をつまんでくる手が容赦なく引っ張る動きに変わって痛い。面白い顔をしていたんだろう、ブハッと吹き出して笑う空却くんに少しムッとしてしまう。まだ空いている手でその赤い頭を撫でれば笑い声は直ぐに止み、きょとりと私を見つめてきた。可愛い。昔の空却くんと一緒だ。何故だかほっとした。
「前もこうして頭撫でてたね」
「…まだガキ扱いか?」
「んー、そうだね。もう子供じゃないもんね」
「そういう言い方がガキ扱いって言ってんだよ」
「だって可愛くて」
「…ンっとに、このっ、たーけ」
拗ねたように視線を逸らす空却くんは頬から手を離して、握っている手に少し力が込められる。不満があるなら言えばいいのに、こうして黙って私の手を受け入れているのは何故なのだろうか。分かりかけている答えと向き合うには、まだ心の準備ができていないので、言葉にされるまでは蓋をしておこう。空却くんは優しいからきっと待ってくれる…筈。
2019/12/17