■ 夢で長曾我部と出会う

夢を見た。それはそれはとても昔の出来事。平成の世から約四百年前の昔の時代。目の前に広がっていたのは海。身体全体を包む潮の香りと、広大な海の景色が私の目に映り込んでいた。現代と同じはずのそれは、その時の私にはとても美しい景色に見えた。
何も考えずに砂浜から海へと足を踏み出して、ひんやりとした海水に足を浸して蹴り上げる。キラキラと輝くように宙を舞ったそれは、パチャパチャと音を立てながらまた海の一部へと戻っていった。蹴り上げている時に気付いたのだが、私はどうやら着物を着ているらしかった。高い波に着物を濡らさないように気を付けて、もう一度蹴り上げた。同じようにキラキラと光って海へと戻っていった。


「何してんだい?」


後ろからかかった声に驚いて肩を揺らした。慌てて振り返れば、そこには紫を基調とした着流しに身を包んで上から羽織を肩にかけた男が立っていた。キラキラと光って輝く男の銀髪に目を細めて、首をこてりと傾ける。何をしているのかと問われれば、水を蹴り上げているだけだと答えることしかできない。別段理由はなかったのだ。


「行動に特に理由はないよ」

「へぇ。何だか知らねぇけど、随分と機嫌が良さそうだったからな」

「そう?」

「おう。綺麗に笑ってたぜ」


言われて初めて笑っていた事に気付いた。その後、男は楽しそうに私の隣まで来て同じように海水を蹴り上げた。そうして首を傾げる私に笑って口を開く。


「アンタ、海は好きか?」


迷わず頷けば男は嬉しそうに声を上げて笑った。とてもとても、嬉しそうな笑み。私もつられて小さく笑った。男が少しだけ驚いたように目を丸くして、後に一人納得したように頷いた。


「ああ、やっぱり」

「?」

「アンタは笑ってた方がいい」


一体どこで教わった口説き文句なのだろうかと疑問を口にしようとしてやめた。どうせ夢なのだから私の都合の良いようになっているだけなのだ。疑問を口にせずありがとうと告げて足元を見下ろす。海水は未だひんやりと足を濡らしている。


「お兄さん、名前は何て言うの?」

「ん?ここにいんのに、俺の名前を知らねぇのか?」


先程よりも驚いた顔でこちらを見てくる男に顔を向けて、首を縦に振る。誰でも知っていると言った風の男に私はまた首を傾げた。おかしいな、私の夢なのに嫌にリアルだ。反応といい、肌に当たる感触といい。


「それで、名前は?」

「あー、アンタは?」

「…聞いてるのはこっちですけど」

「先に名乗るのが道理じゃねぇのかい?」

「……なまえです」

「なまえ、なまえか。良い名前だな」


柔らかく微笑む男を見上げて、ぼんやりと視界が霞んでいる事に気が付いた。驚く私に、男も驚いたように私に手を伸ばす。
瞬きを一つ。開いた視界の先はいつも通りの私の部屋の天井だった。気怠い上体を起き上がらせて、時計を見遣る。いつもの起床時間より一時間早い。二度寝する気分にもなれず、ゆっくりと朝の支度にかかった。


「うーん、結局誰だったんだろう?」


作った紅茶を飲みながら夢の中の人物を思い出す。今思えばすごく端正な顔立ちをしていた。まあきっと、夢を見ればまたいつか会えるだろう。
そんな事を考えていた私は、登校中に夢の中の男と出会う事など知りもしないのだ。


2015/09/01
「よお、夢であったな?」
笑う男は夢で見た時よりも輝いて見えた