■ 繰り返す緑弓の願い
特に叶えたい願いは無かった。けれど左手に突如として表れた赤い紋様は、私が聖杯戦争のマスターとして選ばれたと言うことで。元々そこまで魔術に関して興味があった訳では無いうちの家系は、実の子には平和に生きて欲しいと最低限の魔術しか教えていなかった。元はどうあったか知らないがそうしている内に魔術師としては衰退する一方で、一般人に戻れるだろうと親戚達も含めて両親も笑っていたのだ。部屋で悲鳴をあげた私に慌てて駆け込んできた両親に左手の赤を告げると、酷く痛ましそうな顔をして私を抱きしめた。お前の判断に任せる。そう言って頭を撫でた優しい父に、叶えたい願いは無かった筈なのに私は聖杯戦争に出ることを決めた。ただの好奇心だった。魔術師通しの戦いが如何程のものか、平和なウチとはどれだけ違うのだろうとこの目で見たかったのだと思う。触媒は母が持ってきたものを使った。小さな木の欠片。イチイの木といい、赤い実がなるらしい。初めての儀式めいたその場所で、私は緑の外套を目深に被った美しい目をした英霊を召喚した。
「お嬢ー?」
「…アーチャー?」
「そう、アンタの弓兵ですよって。こんな所でまぁた勉強ですか?」
「ん、覚えたら少しでも力になれるから」
その男は私を見るなり目を大きく見開かせて、はくりと口を一度開けて何事かを言う前にそれは閉ざされた。ぎゅっと何かを耐えるように一度目を閉じて、再びその目を開いた時には穏やかな笑みを浮かべて「よろしくマスター」と言ってくれたのだ。未熟も未熟な、魔術師とも言えない殆ど一般人であろう私に。
彼の持つ顔のない王で始まっている魔術師通しの戦争を見た。自分では到底敵わない次元の戦いで絶句したのを覚えてる。当然だろう、日々ぼんやりと生きていた私と、日々研鑽を積む魔術師ではどうあっても埋められない差があったのだ。
時間が経ち暗くなってしまった部屋に気付いたのは唐突に光が点いたから。気付かず本から得られる情報を頭に叩き込んでいた私は、目の前に現れた現代服に身を包むアーチャーに目を丸くした。
「目、悪くなりますよ」
「うん、今度から気をつける」
「この前もそんな事言ってましたよねぇ」
「ごめんってば」
ぐりぐり頭を撫で回してくるアーチャーの手を甘んじて受けつつ本を閉じた。これ以上没頭していると本気でアーチャーに怒られてしまう。未熟な魔術師が嫌な癖に、勉強させてくれないとは一体どういう事なのか。
「なまえには気持ちよく勝つって事をさせてやれねぇかもしれないが、俺は陰湿な事しか出来ないんで。悪いな、喚ぶサーヴァントを間違えたとでも思ってくれ」
「…どうして?アーチャーは私のことを守りながら戦ってくれるんでしょ?戦闘に関して素人の私に比べたらアーチャーに任せるのが一番だと思うし、私は話したことも無い魔術師達を憂うほど心優しくないんだよ。こっちこそこんな未熟な魔術師でごめんって思ってるんだけど」
「あー…、ははっ。ほんと、そのままなんだな」
「うん?」
何かを懐かしむように目を細め、ゆるりと口角を持ち上げるアーチャーに首を傾げても何でもないと首を横に振る。アーチャーが私と誰かを重ねているのには気付いているけれど、きっとそれは今の私には関係の無いことなんだろうと思う。いつかの聖杯戦争、又は彼が生きていたその時代の知人に似ているんだろう。たぶん。気付かないふりをして、私はそっと息をこぼした。
「ねぇ、アーチャー。この聖杯戦争、勝てるかなぁ?」
「…勝つ、勝つに決まってるだろ」
「そうか、アーチャーには願いがあるんだよね。私は好奇心で参加したから、ある意味もう願いは達成されたも同然だからなぁ」
「勝たないとなんのために喚ばれたのか分かんねぇってか、ちゃぁんと願いは考えてもらいますよっと」
「えー、何でもいいの?」
「おう、何でもいい。明日の朝ごはんが豪華になりますようにー、とかでも」
「なんだそれ」
あまりにも平凡過ぎる願い事に思わず声を出して笑う。万能の杯と呼ばれているものなのに、そんな小さなお願い事をするなんて。七夕の時でももっと大きなお願いをするというのに。
「アーチャーはどんな願いを叶えてもらうの?」
「…俺は、そうですねぇ。なまえが人参食えるようにって願いますよ」
「なっ、ちょ、そ、そんな事なら私は世界から人参という物を無くしてもらうから!」
「はいはい。食えるように頑張りましょうねー」
笑うアーチャーに慌ててそんな事を言ったが、当然だがその願いは本当の願いではないのだろう。私には言えない願いなのか、少し寂しい気もするけれど深く聞くつもりもない。先ずはアーチャーのサポートをしっかり出来るように魔術の勉強を欠かさずしようと思う。
そういえば私はいつアーチャーに人参が苦手である事を言ったのだろうか。
2019/03/26
今度は必ず最後まで守り抜いてみせる