■ 起きたら山田一郎がいた

ゆっくりと浮上する意識にのろのろと瞼を開け、差し込んできた陽の光に思わず目を強く閉じる。眩しい。カーテン閉め忘れて寝たのか。言葉にならない呻き声を上げつつ寝返りをうとうとして、体の上に伸し掛る重みに眉が寄った。明らかに人の腕のそれに息を呑んで、恐る恐るとそちらに顔を向けて言葉にならない悲鳴が私の口から飛び出した。
山田一郎が私の隣で寝ているなう。呟くアプリにそんな事を投稿しようものなら「妄想乙」「夢オチ」「現実見ろ」だの好き勝手言われるだろうが、マジで寝ていた。どういうことだ。大混乱の頭で状況を確認するためにそっと布団の中を見遣り、服を着ていることに安心、できなかった。ちょっとマテ茶。私が着ているこの服、一郎くんのパーカーというものではなかろうか。まって、昨日のことが何一つ思い出せない、なんで。なんか意識したら両足は素足な気がする、ちょ、布団の感触がモロに分かるって言うか一郎くんの足が普通に足の間に挟まってる気がする。何これ夢かな?いやもう夢であってくれ、頼むから目を覚ませ私、もう夜は明けたぞ、グッドモーニング!!


「…はよ」

「ひぃっ、おはようございますっ」

「なんで敬語…」


起き抜けの低い掠れた声に色気が有りすぎて喉が引き攣った。眠そうな目で可笑しそうに笑う一郎くんが少し身動ぎすると同時に、挟まっている足が私の両足を擦って悲鳴が出た。いやもうこれは仕方ない。慌てて距離を取ろうと一郎くんからゆっくりと離れつつ、背中が壁にぶつかった。嘘だと言ってよバーニー。


「…なんで逃げてんの」

「いや、あの、ちょっと、目に毒というか」

「んん、なまえの恰好の方が目に毒だけどな」

「無礼を承知で申し上げるんだけど、覚えてないです…」

「潔過ぎか」


隙間から私の恰好を見てくる一郎くんに慌ててシーツを掴み寄せていれば、一郎くんは肩肘を立てて私を見下ろすようにニヤニヤと笑みを浮かべる。おかしいぞぅ。記憶がないって言ってんのにこの笑顔。もしやこれ一郎くんが何かしたのか、何かしたんだな?そうとしか思えない。考えに没頭していたら突然頭を触られて大袈裟にも体が震えた。何事!?動揺する私を気にもとめず、一郎くんはゆったりとした動きで髪を触るものだから、もう私はどうしたらいいのか分からない。何が正解なんだ。どういう反応をすればいいんだ。


「考え込むなまえも可愛いなぁ」

「お?目が可笑しくなったのかな?どう考えても底辺」

「俺の推しを侮辱するな」

「びぇっ」

「んんん、まぁだ自信ないのかぁ。もっと刷り込んでいかないとなぁ」

「なんか恐ろしいこと言われた気がする…」


頭を撫でられていたかと思うと、今度はぎゅうぎゅうと抱きしめられた。いやぁぁぁ、まってぇぇぇ、私たちそういう関係になってしまったんですかぁぁぁ、先にそこだけ教えて欲しいぃぃぃ。布団の中でイチャイチャするとか漫画とリア充だけだと思ってた…。私リア充の仲間入りを果たしたのか…。


「昨日、何があったと思う?」

「いきなりの問いかけ」

「こういうのは楽しんでいかねぇとな」

「ええぇぇ…」


実に楽しそうに笑う一郎くんはそりゃもうSSR級の最高の笑顔なんですけど、問題が鬼畜過ぎないだろうか。これもう事ゲフンゲフン!言わぬが花ってやつだよね。よし、そっち方面じゃない答えを出せばいいんだな?腕を突っぱねて一郎くんから逃げつつ、ニマニマと歯を見せて笑う一郎くんをジト目で見た。


「添い寝」

「俺の服きてる意味」

「抱き枕」

「一応聞くけどどっちがどっちを?」

「…私が一郎くんを抱き枕にした」

「ほーーーーん?」

「なんだこれ恥ずかしいぞ?あと一郎くんは笑顔が眩しい…」

「いやぁ、抱き枕にされるぐらい好かれてんだなぁって」

「いやいやいやいや、だって一郎くんが私を抱き枕にするとか有り得ないでしょ。なんでこんなちんちくりん抱きしめて寝るの、もっとグラマラスボデーのチャンネーの方が絶対抱き心地」

「侮辱すんなっつったよな?」

「うっす」


一郎くんこういう所あるー。笑顔から真顔の切り替え早いところあるー。怖過ぎー、昔の面影が顔出してきてるー。ほんと無理ー。
シーツを被り直して一郎くんの目から逃れようと潜り込めば、許さないというように上体を起き上がらせた一郎くんにシーツを剥ぎ取られた。えっち。思わずそんな事を口走れば、顔面を両手で覆った一郎くんはそのまま天を仰いだ。何してんの。


「ごめん、ホントに襲っていいか?」

「ホントにってなんだ」

「あ、いや、今のなし」

「まさか」

「……」

「一郎くんも昨日のこと覚えてないな?」

「…いやもう致したってことで良くね?」

「認めぬ」


ここで一郎くんも昨日何があったか全く覚えてないことが発覚した。あざとく首を傾げる一郎くんに眉を顰めて私は枕に顔を埋める。一郎くんの匂いがした。やっぱりここ一郎くんの部屋か。とりあえず私の服どこにあるんだろうとか、これからどうするべきかなぁと考えていた私に、一郎くんが黙って携帯をこちらに向けた事に気付くのはあと数秒のことで。一郎くんのパーカーを着たまま布団の上で激戦を繰り広げたのは言うまでもない。


2019/03/17