■ 一目惚れした山田一郎

「お前の名前を教えろください」

「け、警察…っ!」

「あああぁぁぁ!違っ、俺は怪しいもんじゃ、いやその、すげぇ怪しいヤツに見えるけどそのっ!違うっ!」

「ひぇぇ、宗教とか興味ないですぅ!」


イケブクロを歩いていたら唐突に手首を掴まれた。驚いて振り返ったら、赤い顔色をした色違いの瞳が私を真っ直ぐに見下ろしていた。あまりの出来事にナンパだとも理解出来ず、携帯を取り出した私の手から慌てて目の前の男が私の携帯を取り上げる。せ、窃盗!本格的に警察に電話をっ、あ、くそ、携帯は男の手の中だ!なんてこったい!


「違うって!宗教とかでもなくて!」

「あのあのあの!人違いだと思うんです!私お兄さんのお眼鏡に叶うような女じゃないんです!お金持ってないですし!」

「人違いでもねぇし、集りでもなくて!頼むから話聞いてくれ!?」

「ううぅぅぅ、ら、乱暴とかないですか…?」

「し、しないから!なんなら人目の多い店とかでいいから!話聞いてくれねぇかな?」


そこまで聞いてようやく動揺していた頭が落ち着き出して、しっかりとお兄さんを認識した。え、カッコイイお兄さんだな。何で声かけられたんだろう。私この人にぶつかったような覚えもないしな、金銭を巻き上げられるなんてことは無いよねきっと。うん、多分無いはず。
何故か手首を掴まれたまま近くのファストフード店へと連れ込まれた私は、これまた何故かお兄さんからストロベリーシェイクを奢ってもらい席に座る。話があると言ったにも関わらず、黙々と一心不乱にポテトを食べ続けるお兄さんに内心首を傾げつつストローに口をつけた。美味しい。


「…あのぅ」

「あ?」

「ひぇっ!」

「そ、そんな怯えなくてもっ」

「いや、あの、お、お話って…?」

「話にお付けてるだと?何だ?可愛いな?」

「え」

「っと、気にしないでくれ」


もう既に3分の1のポテトを食べてしまっているお兄さんは一度咳払いしたあと、眉間に皺を寄せて視線を逸らしつつ唸り声を上げた。未だに顔が赤い。風邪ならさっさとお家に帰って寝た方が良さそうだけれど。指で頬をかき、視線をあちこちにさ迷わせて、そろりと視線が合ったと思えば凄い速さで顔ごと逸らされ、一体なんなんだとますます分からなくなる。取り敢えず恐喝とかそんなのではないだろう。恐喝目的ならこんな場所を選ばないだろうし、雰囲気がおかしかったら誰か通報とかしてくれるだろう。一先ず安心である。いやじゃあ何目的なのかと聞かれれば疑問でしかないのだけれど。


「まあ、初めにも言ったんだけど、アンタの名前教えてくんねぇかなぁって」

「わ、私の名前をどこに売るつもりですか…?」

「だから違うって。純粋にアンタの名前を知りたいだけ」

「む、むむむ…」


困った様に笑うお兄さんは悪い人ではないとは思う。私の名前を知って何か悪用してやろうとかそういうのでは無い気がするけれど、先ずお兄さんの名前を私も知らないんだよなぁ。なーんか何処かで見たことあるような気がするんだけど…。


「お、お兄さんの名前を先に教えてください…」

「あ、そっか。そういや自己紹介がまだだったよな。ごめん。俺は山田一郎。弟が二人いるから気軽に一郎って呼んでくれ」

「押しが強いし、気軽に呼べる程お兄さんと仲良くない…。あの、その、なまえって言います。家族構成は黙秘権で」

「ん、そこはまた今度ゆっくりお話しような?今はなまえ、さん、の事が知りたいし」


これもしかしてナンパなんじゃないか。漸く山田くんが何故こんなに押せ押せで来るかを理解した。な、ナンパとか初めて経験するし対処の仕方がわからない。どうしてやれば正解なんだろうか。というか何でこんなイケメンが私に声をかけてくるのか。何かの悪戯だとしか思えない。もしやそこら中にカメラが設置されてるんじゃないか。


「なまえ、さんのその警戒心の高さは凄い好感を持てるんスけど、何かを企んでるとかないって」

「い、いや、山田くんカッコイイし、私に声かける理由わかんないし…」

「ひぃ、カッコイイとかファンサ良過ぎ…。決めた、その過小評価は追々なんとかしていく、絶対にだ」

「ていうか何で私の名前呼ぶ時ちょっと躊躇うの?」

「呼び捨てにしたいけどなまえ、さんに嫌われたくない…」

「山田くんよく分からないところで弱気になるね…」


両手で顔を抑えて深い溜息を零す山田くんを見て、私は確信した。山田くんは悪い人ではない。だからといってこれからお近付きになるかと言われると何とも言えないところである。


2019/01/17