■ 鈍感な青槍の上手な振り方

「お前俺に何かしただろ」

「What?」

「流暢なのが腹立つな」


何故かキレ気味に、しかもその顔を歪ませて私を見下ろす青い男を見る。何で戦装束を着ているんだろうか、怖い。朱槍を握っていないだけまだマシだとでも言うのだろうか。俺の手にかかればお前の首なんて捻り千切る事など容易いってことか。え、なに捻って千切るって、想像したら大分怖いわコレ。内心震え上がりながらもランサーを見上げて口を開いた。


「何もしてない」

「ああ、一日見てたから知ってる」

「一日、だと…?」

「勘違いすんなよ。今日一日だけだ」


いやそんなこと聞いてるんじゃなく、と続けようとしたけどあまりにも真剣な目をするから勝手に閉口した。待って、一日って長いんだよ?何を勘違いする必要があるのか。目で訴えてみてもこっち見んなと両目を覆われる。何をしやがるんですかこの野郎。


「今日一日、なまえを見てたが俺になにかしたような素振りはなかった」

「ったり前だわ、私これでも忙しいんだからね?ランサーに構ってる暇無いんだよ」

「…やっぱなまえ、俺が見てねぇ所で何かしてやがるな?」

「いやぁ、大英雄様は私の事を評価し過ぎぃ。ホントに何もしてないっての」


両目を覆う手を退けながら言った私の言葉に、一瞬眉を顰めてから強く睨まれた。何故。あと手を振り払うのはやめてください、普通に痛い。というか元はと言えば私の両目を覆ったランサーが悪いのであって。もうやめよう、収集がつかない。でもこれだけは言わせて欲しい。私は悪くない。


「心臓が」

「はい?」

「痛てぇんだよ。なまえ見てると」

「……ヘェ」

「傷を負ったわけでもねぇのに疼くんだよ」

「ソーナンデスカァ」


意味わかんねぇだろと眉を寄せたまま、辛そうに笑うランサーに私は棒読みになるしかなかった。どこのフラワーとドリームな漫画なのかな?ちょっと私そんな甘酸っぺぇ恋愛相談されるとは思わなかったんですが。しかも本人から。いや、これよく見る展開だよ。私知ってる。そう言われたらヒロインは真っ赤な顔で「そ、そうなんだ」とか言うやつ。でも残念だなぁ、私そんな可愛い女の子じゃないんだよなぁ。しかも漫画と違ってこのヒーローは戦う(ガチ)ヒーローなんだよなぁ。血腥い戦闘系で返り血とかガンガン浴びる男なんだよなぁ。私の理想は優しくて全力で甘やかしてくれるふわふわ系の可愛い男の子なんだよなぁ。ちょっと理想と違い過ぎて風邪ひきそうっていうか。いや、まだこの男は自分の気持ちというかそんなモンに気付いていないから、これは上手くやればそれを気付かせずに終わらせることが出来るのでは…?


「気の所為なんじゃないですかねっ!」

「馬鹿にしてんのか気の所為な訳ねぇだろ今だってお前見てっとザワザワすんだよ」

「あっ、それはアレじゃないですか?憎たらしいとかそんな感じ」

「まあ確かになまえが他の野郎見てっと縊り殺したくはなるけどよ」

「なにそれ聞いてない怖っ」

「…痛くなるからそんな顔すんなよ」


思わず本音が出てしまったけど上手くいかないもんだな。コロッと騙されてくれるかと思ったけど流石光の御子、手強い。と言うか一瞬私の頭撫でようとした、その大きな手が躊躇って降ろされたのを見た私の気持ちを考えてくれ。触るのも無理とか中学生かよーっ!思わず私の顔面がチベスナになっちゃうー!こんな甘酸っぱい思いを経験するとは思わなかったなぁぁ!


「やっぱり殺したいぐらい憎いとかそんな奴だと思う。顔見せないようにするから殺さないで下さい」

「……、いっその事殺ってみるか?」

「全力で逃げてやる」


聞こえないように呟いたつもりなんだろうけど聞こえてるんだからな。あと槍を持ち出した時点で私は逃走の準備は出来ているんだからな。ガンドの準備はバッチリだぞ。ジリジリと距離が開いている事に気付いたのか、唐突に近付いてきたその顔面を思い切りビンタしてしまった。やっべぇ。めっちゃ良い音したやーん。やばいやつやーん。目を見開いて私を見下ろすランサーに、なんとか宥めようと思わず叩いてしまった所を優しく撫でてやる。


「ごめん、急に顔近付けてくるから」

「いや…、嫌だったか?」

「うん?いや、ビックリしただけかな、ごめん、腫れてない?」

「ん…ビックリしただけな、そっか、良かった」


私の言葉に返事はなく、安心したように息を吐いたランサーは、吐く息と同じく心底から安堵した表情を見せて僅かに肩を落とした。これで気付いてないとか嘘でしょ。


2018/09/13