■ 有栖川のオトモダチ

ヒプノシスマイクを持っているお友達というか知り合いというか顔見知りというか、まあ言葉で表すには少し難しいそんな男性がいる。出会いは飴村くん(どうやら飴村くんもヒプノシスマイクを持っているらしい)に紹介されて知り合ったわけだけど、どういう訳かこの男、物凄い確率でご飯を強請ってくる。いや飴村くんから「物凄いギャンブル狂で食べ物に困ってることあるから時々でいいからご飯分けてあげてね」とかきゅるんとした笑顔で言われたから知ってはいたんだけど。頻度が多すぎるというか。時々とは。


「よう、なまえ!飯くれ!」

「ズガタカ」

「なまえ様、愚鈍なわたくしめに食事をお分け頂くことを願い存じます」

「もうそれが礼儀正しい言葉なのか分かんないね」


今日は野菜炒めと明太子おにぎりしかないんだけど、と多めに作ったそれを差し出す。いつ何時この男にご飯を集られるか分からないための保険である。今日はその保険が役立った日であった。おにぎりをもきゅもきゅとハムスターかと言わんばかりに頬袋に詰め込み、それはもう幸せだと言うような笑顔を浮かべる帝統に大袈裟だなぁと言いながら野菜炒めをお箸でつつく。


「いやなまえの飯ってマジで美味いからな?マジ何でそういう道に進まなかったのかマジ不思議なレベル」

「おいコララッパー、マジが多過ぎ。語彙力はあるでしょうが」

「語彙力の低下もなまえの飯が美味すぎるから仕方ねぇ」

「私の所為にすんな」


自画自賛ではあるが確かにそこらの女子よりは料理は上手い方だと思う。だからといって料理人とかそう言う道に進まなかったのは単にその方面に興味がなかったからで。私が料理を振舞った相手はみんな勿体ないと言うけれど、別に自分がこれまで勿体ないとか思った事は無いので気にしなかった。
割り箸を渡せば遠慮なく野菜炒めに手を出すので、私はおにぎりの包みを開く。炊きたてのご飯に明太子って何でこんなに合うんだろうか。明太子おにぎり美味しい。


「ぶはっ、なまえほっぺたに米粒ついてんぞ」

「え?…うわ、ホントだ」

「割とドジだよな」

「明日以降のご飯は私以外から恵んでもらえ」

「スンマセッシタッ!!」


私の頬を指さして笑う帝統に冷ややかな半眼で見てやれば途端に態度が変わる。何度もやっているこの光景ももうやり慣れたもので、ため息をついて帝統の頬に付いている野菜炒めに入っていたもやしを摘んで袋に捨てた。えっ、という顔をして袋と私を交互に見遣る男に首を傾げる。


「そこは取ったやつを食べるとか」

「ハッ、少女漫画にでも憧れてんのか」

「えええ、女ってそういうの好きじゃねぇの?」

「そもそも男女逆転してんでしょうが…、ん?いや例えやるとしても付き合ってる子達がやるもので」

「え、ちょ、もっかい米粒つけてくんね?」

「何言ってんだこいつは」


ぐっと体を寄せてくる帝統から背中を逸らして、何か言おうとしたその口に野菜炒めを突っ込めばもきゅもきゅと大人しく咀嚼している。ご飯に関してギャンブルよりかは劣るものの貪欲な姿勢を見せる帝統にこれはとても有効な手である。ただその目は何かを伝えようとして必死の形相であるから怖い。喋らせる前にご飯を淡々と突っ込んでいく。くっ、野菜炒めももうほぼ完食である。まだ余っているおにぎりを突っ込もうとして手首を捕まれたので諦めた。なんだってんだ本当に。


「俺とっ!なまえって!」

「うん」

「付き合ってなかったっけ!?」

「どしたの帝統、頭沸いてんの?」

「あれぇ!?マジで!?」


いつから私は好きだとも言われていないギャンブル狂と男女のお付き合いなんてものに発展したんだか。夢を見るのも大概にしろ。驚き過ぎて口をあんぐり開けている帝統の顔はまったく、そこそこ男前なのだからそんなブッサイクな顔をするんじゃない。ため息を吐きつつその顎に手を置いて閉口させてやる。どうやらその状態で固まってしまったらしい帝統を一瞥して、持ったままのおにぎりに意識を移す。食べないのなら私が食べるまでだ。
多めに作ったご飯も全て完食したことを確認して息をついた。帝統がいない日は家に持って帰って晩御飯として食べているけれど、今日はそれが出来ないので新しい献立を頭の中で出していく。


「あの、なまえ、聞いて」

「うん」

「その、俺、なまえ、好きなんだけど」

「うん」

「付き合いてぇなぁっ、て」

「いいよ」

「えっ」


服の裾を軽く摘んでくる帝統の垂れた頭を眺めつつ、根気よく待った甲斐があった。簡潔に言えと声を挟まなかっただけよくやったと思う。私の返答に大層驚いたのか、勢いよく顔を上げて信じられないと言わんばかりに目を見開く男に呆れつつもう一度「いいよ」と言葉を返した。


「今から私は帝統の彼女だ。浮気したらその無駄な髪毟ってやるからな」

「なんで脅迫?俺浮気しねぇよ?なまえ好きだもん」

「…始めはみんなそう言うんだよなぁ」

「うわ、信用無ぇな」


ケラケラ笑って私の頭を撫でてきた帝統の手を払い除けつつ、食べかけのおにぎりをその口に突っ込んでやった。
お友達、知り合い、顔見知りだった存在が、目出度く彼氏というポジションに収まった瞬間である。


2018/08/09